トップページには、下記のコンセプトが掲載されています(別ページには"目的"としてほぼ同じ内容の記載もあります)。
このプロジェクトでは、犬と猫の殺処分を減らしていき、
最終的になくなることを目指すための具体的な対策について検討を行っています。
命を大切にし、優しさのあふれる、人と動物の共生する社会の実現を目指します。
国が殺処分をなくすという具体的な目標を掲げたことは、非常に大きな前進かと思います。が、そのプロジェクト名の付け方や、プランの中身(実効性)に関しては、なんか納得できないものを感じてしまいました。

<5/27の朝のお散歩時、"四角"で追いかけっこするファルペンです>
発起人の"ご挨拶"にも "「殺処分をなくす」というゴールに向かって"という表現が出てきますし、プロジェクトで検討がおこなわれているのは、いわゆるノーキルに関するものだけのようです。
"人と動物の共生する社会"というのは、殺処分をなくすことができれば実現できるということなのでしょうか?
この記事で紹介した兵庫県動物愛護管理推進計画のような内容であれば、"人と動物の共生"という言葉も適切だと思えるのですが、上記プロジェクトでは "人と動物が幸せに暮らす社会"にしても、"人と動物の共生する社会"にしても、取って付けた感じしか受けません。
# 兵庫県の"推進計画"は今年の4月に改定されていますが、6年前のものと大きくは異なりません。興味をお持ちの方はこのページからチェックしてみてください。
プランの中身に関しても、本気で殺処分をなくそうとしているのかどうかはかなり疑問も残ります。"業界"が痛みを負ったとしても、きっちり"蛇口を閉じる"といった施策になりそうにないと感じるのは私だけではないかもしれませんね。
# 余談ですが、とある悪質なペットショップ(グループ)のホームページには以前から「殺処分"0"を目指して」と謳われていたりします。呆れるしかないのですが...

ひと月余り前から立ち上がった"TOKYO ZERO"というキャンペーン。
"東京五輪が開催される2020年までに、(まずは東京で)殺処分をなくそう"という提言のようですが、こちらの方がまだ実効性のある"解決策"を掲げています。
昨年9月に改正版が施行された"動物愛護管理法"において、"動物愛護管理法の一部を改正する法律"の附則によって骨抜きにされてしまった"8週齢規制"の早期実現を求めるなど、少なくとも業界団体寄りではありませんからね。
ただ、天邪鬼な私にはやっぱり気になる表現があります。
(殺処分をなくすことによって)"東京を世界にほこれる「動物福祉先進都市」とする"とか、"すべての犬や猫が、幸せになれる都市・東京の実現を目指して"といった部分です。
殺処分を受けないペットは皆"幸せ"なんでしょうか?
ノーキルを実現できれば、動物たちにとって(人にとっても)過酷な環境だと感じられる東京においても、"動物福祉"は充分ということなのでしょうか?

なんかチャチャを入れているだけという自覚があるので、この記事は"雑記帳"カテゴリには分類しないでおきますね。
で、今回は久しぶりに散歩時に会ったお友達犬の紹介をすることに。

斜めに挟んである板は脱走防止用なんですが、庭に出ている時には、こうやって顔だけ出してくれるんですよ。

まずマーブルちゃん、そして柴三郎君と合流しました。

超フレンドリーなマーブルちゃん、ファルより先に擦り寄ってましたよ。


ペニーはおかあさんにベタベタに甘えられて大満足だったようです。
先週末はまた二日間とも私は遠出していて、ファルペンのネタはありませんでした。GRTの関係だったんですが私一人で出かけたもので。
