チヨは人(に喜んでもらうこと)を気にしすぎるくらいで、人間の望む行動をするという意味でとても"賢い"犬でした。実際、誰からも可愛がられました。それとは対照的に、リュウは純粋な知性のレベルも違いましたが、自分の価値観(感情?)にのみ従って行動するタイプで、乱暴な言い方をすれば"おバカな"犬でした。チヨを虐めることもあったため、私自身もリュウには多少複雑な思いを持って接していたように思います。
リュウは2004年の春に具合が悪くなりました。1ヶ月余りの間に何度か様子を看に行ったのですが、もうダメかもと言われてから一週間、私が帰ったところ、ずっと動かなかったのに少し起き上がって甘え、そして直後に逝ってしまいました。
実は同様のことは過去にもあります。前の記事で触れたアヤは、具合が悪くなってから数ヶ月間がんばっていました。大学が休みに入り私が半年ぶりに帰省したところ、案外元気そうに甘えてくれるのです。父母も私の顔を見たら急に元気が出てきたと喜んだのですが、その日のうちに息を引き取りました。
二頭とも、私のことを待ち続け、最後の力を振り絞って甘えてくれたとしか思えません。
みんな、ありがとう。 私もお前達のことが大好きだったよ!
幼い頃からたくさんの犬達と暮らし、そして死を経験してきました。どの子もかけがえの無い存在ですが、その中でもチヨにはやはり特別な思い入れがあります。譲渡会で貰い受けた経験も一因ですが、人を信じようとし、人に愛されて生きようとする姿勢がもっとも強い犬だったのは間違いありません。結果として、心を通わせることができたと思える"賢い"犬だったのだと思うのです。
いつか私達夫婦も犬と暮らしたいと(チヨが存命中から)ずっと思い続けてきました。できれば、チヨのような"賢い"犬、愛情深い犬が良いとも。しかし、共働きで仕事に追われ、おまけに賃貸マンション暮らしの身では、それはかなわぬ夢。それまでの犬との付き合い方から、自由に走らせることのできる庭と自然の中を散歩できるような環境は必須のものと決めこんでいましたから。
満たされぬ思いから"犬本"ばかりが増えていきます。チヨを貰い受ける際に見た、必死に助けを求める犬達の姿がずっと心に残っていて、レスキューにも興味を持ちました。10年ほど前、ARKさんに見学にうかがったこともあるのですが、ボランティアするのにも余裕がないと諦めたまま日々が流れていきました。
一方、リュウが居なくなった後も、既に年老いた両親はもう犬を迎えることはしませんでした。実家に行っても、もう遊んでくれる子達は誰もいない。だんだん私は"犬が足りない"飢餓状態に陥っていったのです。
NO DOG, NO LIFE !!
いろんな事情の結果、5年程前についに戸建住宅に移り住む決心をしたのですが、立地環境や庭の広さ等に関しては、将来的に理想とする犬との暮らしができることが最低条件。要件を満たす土地をみつけ、今の家を建てて暮らし始めたのは 2007年 5月のことでした。
私の祖父は猟をしており私が小さな頃から祖父の自宅の庭や山にはいつも20匹くらいの犬が一頭一頭それぞれのハウスにいました。紀州犬やビーグルやオーストラリアやニュージーランドへ行きあちらで購入したりと本当にたくさんの犬がいつもいました。猟犬なので気が荒いイメージがあるかと思いますがどの犬も優しくとても従順でした。
そんな祖父はうたが産まれる三ヶ月程前に亡くなりました。犬が大好きで生涯ずっと犬との生活をしてきた祖父の初盆にうたが産まれ我が家にやってきた事は何か不思議な感じがします。
祖父の家にはラブラドールはいなかったのですが私は小さい頃からラブラドールが大好きでした。
今はうたと生活できてとても幸せです。
私は彼が来てくれたことで毎日幸せですが、彼もそう感じてくれているかについては全く自信がありません。幸せにしたいと強く願っていることには自信ありますけどね。