昨夜の散歩では5頭のイノシシと出会いました。ウチに帰って来たら(前夜に続いて)お隣の庭でガサゴソしているのがもう1頭。 ウチの庭への侵入はこの前の一回だけですが、今週は本当によく見かけるようになりました。
という話とは関係なく、今回は犬本ネタです。
"犬の愛に嘘はない"を読み終えました。
著者の J.M.マッソン氏は、サンスクリット学教授の経験もある精神分析学者(崩れ?)だそうで、実に博学で多方面に渡る興味と洞察力をお持ちの方かと思います。
本書は学術書ではなくエッセイに近いものですが、その主題は、"犬の感情の内側を知り、その心の奥底を探ろう"というもの。自身の経験に加えておびただしい数の文献等を引用しながら、犬が豊かな感情世界を持っていることを考察しておられます。そして犬は"愛そのもの"であるとも!
実のところ、今までに読んだ犬本の中でも最も感銘を受けたものの一つになりました。
書き留めておきたいことは山ほどあるのですが、まともな文章にするには膨大な時間がかかりそうなので、今回は一点についてのみ記録しておきます。
私は それでもイヌが好き の記事で、ジーン・ドナルドソン氏の書籍を紹介して行動主義心理学に基づく犬のトレーニング法に強い興味を感じていることを書きました。そのトレーニング方法自体についての評価は今もあまり変わりませんが、ドナルドソン氏のスタンスには同意できないという気持ちが明確になってしまいました。
正直に言うと、"ザ・カルチャークラッシュ"を読み始めた時から違和感は感じていたのです。"動物感覚"の福音 で書いたように、テンプル・グランディン氏の考えに触れて抵抗感が高まり、今回の本を読んで自分の中で気持ちを再整理する必要を強く感じたという次第です。
学生時代は理学部で学び研究者を志していたもので、いわゆる"オッカムの剃刀"と呼ばれる考え方は私の中に染み付いています。"モーガンの公準"を源流とする機械論的なスキナー流のアプローチ法はある意味当然のことと受け入れてきました。もちろん、心理学に興味を持った頃には認知心理学が台頭してきていたので、徹底的行動主義の限界というのも認識していましたが。
人間を対象とした"学習"については、臨床分野を含めていろんなアプローチがなされていることも聞いているのですが、動物のトレーニングに関しては、カレン・プライア氏以降、ようやく"科学的"といわれる学習理論が入ってきたという状態だと理解しています。
さて、私がドナルドソン氏のスタンスでどうしても受け入れ難いと感じている箇所を端的にまとめてみます。彼女は "イヌの真の姿"として10項目を挙げておられます(p.28)。とりあえず、その中の3項目についてコメントを残しておきたいと思うのです。
(2) 道徳心がない(安全か危険かの判断はできるが、善悪の区別はできない)。
観測が困難な"心"を研究対象から外し、"行動"のみを実験するという姿勢自体は全面的に否定するものではありませんが、"心"や"感情"の存在自体を否定したり、ろくに検証もせずに切り捨てるやり方は本当の科学的スタンスとは異なります。
(3) 利己的である(人を喜ばせようという気がない)。
上記と同様、独善的な決めつけ(あるいは特定イデオロギーの押し売り)です。人間と同様(かそれ以上)に社会的動物である犬には、"利他的"と呼んでもさしつかえなさそうな行動が多数報告されているかと思います。この件に関しては、"動物感覚"で触れられていた"犬と人の共進化"について(ホントにぼちぼちとですが)調べていますので、あらためて記事にしてみたいと思っています。
(4) あまり頭がよくない(小さくてシンプルな脳を持ち、オペラント条件付けと古典的条件付けでしか学習することができない)。
ディズニーの擬人化にみられるほど犬が賢くないことには同意します。が、レスポンデント条件づけとオペラント条件づけでしか学習できないと断言するのは、(揶揄的な意味を込めて)スキナリアン独特の愚かな思い上がりに思えます。これについても、実は model-rival method ("動物感覚"では"手本/競争相手方式"と訳されていたもの)を犬の学習に適用した文献等も見つけてあるので、近いうちに書き記すことができるかもしれません。
2011/03/21 追記:"model-rival method"に関する記事を書きました。
ドナルドソン氏の立ち位置は、(むやみに擬人化したりといった)誤解が犬を不幸にしているという現状を憂い、犬をより犬らしく扱おうというものだと理解しています。また、従来の主流であった"非人道的"なトレーニング方法をストレスの少ない(と考えられる)方法に変えていこうという姿勢には今も共感しています。
ですが、私としては "それでもイヌが好き"ではなく、"だからこそイヌが好き"と胸を張って思いたいのです。"だからこそ"の部分は、今後の記事でちょっとずつでも触れていきたいですね。
なんか、"犬の愛に嘘はない"の内容はほとんど紹介せずに、徹底的行動主義に対する抵抗感の表明になってしまいましたね。
この本("犬の愛に嘘はない")は、多くの犬好きの方にとっては、犬のことがもっと愛おしくなる一冊だと信じていますので、興味を持たれた方はぜひご一読を!
研究対象としてではなく、コンパニオン・アニマルとして犬と付き合う際には、ある程度の擬人化は容認されてしかるべきだと考えています。
江國香織さんの"デューク"という短編(たった 8ページ)は、そんな私が大好きなファンタジー。時々読み返してしまうんですよ。
今回のファルコは挿絵代わりになっちゃいましたね。ごめん。
もう一冊だけ今週手に入れたばかりの本を紹介しておきたいと思います。
LIFE誌を飾った本当に素晴らしい犬(と人間)の写真ばかりが集められたとっておきの写真集です。
見開き毎に、いろんな方の犬に関する素敵なステートメントが紹介されているのも楽しめます。
最後にその中から一つだけ引用させていただきますね。
"It often happens that a man is more humanly related to a cat or a dog than to any human being." - Henry David Thoreau
2010年12月11日
犬の愛に嘘はない
posted by Tosh at 12:09| Comment(2)
| 雑記帳
ファルコのとーちゃんさんは真面目です!
物事とちゃんと正面から向かい合って理解を深めようとされる姿勢は僕のお手本になっています。
でぇ〜。
結局のところ(勝手にまとめるな〜)「犬」という僕らと違う生物と暮らしを共にする訳ですから、相手についてちゃんと理解し続ける姿勢が大切ってことですよね。
今までの日本の飼い主(同居人)は過分に犬を擬人化する傾向が強かった(人間の自己満足)ですから、人と犬は違う生き物なんだっていう認識を持ってもらうためには とーちゃんさんがおっしゃる通りドナルドソンさんもイイ仕事をされたんだと思います。(身近なトコではシーザー・ミランさんも)
確かに犬と人間は違う生き物ですが、どこか共通する思考や行動があっても不思議ではありませんよね?
そこんトコを感情に流されずに評価する=愛情を持って・客観的に犬を観察しなきゃいけませんから、同居人の我々は日々タイヘン(飽きない、とも言う)なんですよね〜。
p.s.
これは持論ですが、夫婦もまたしかり。
ヨメは地球外生命体と思って良いくらいです。(爆)
いつも私の暴走?にお付き合いくださり、ホントにありがとうございます。;p
おっしゃるとおり、相手を理解し続けようとすることって大事だと思っています。いきなり p.s.の方にもレスポンスしちゃいますが、私も、夫婦にせよ友人にせよ、つまり相手が人間であっても犬であっても(結局は別の存在なわけですから)同じじゃないかと思うのです。
理解しようとするのとともに、相手の(ありのままの)存在を尊重する(認める/respectする)ことも大切だと考えているつもりなのですが、カミさんにはそうとは思われてないかもしれません。# 残念ながら私は人間ができていないので... X(
で、犬という存在を理解し尊重しようと考えた時、ドナルドソン氏の(書籍中で述べられている)基本的な"犬観"というのは、あまりにもスキナー流の独善的な思い込みに傾いていないかと思ったわけです。
"ザ・カルチャークラッシュ"はトレーニングの入門書ですから、あくまでもそのためのスタンスだとは思うのですが、"犬は本当はバカなんだ"と思いながら接することで失ってしまうものがあるんじゃないかという危惧を感じたわけです。
ラフ父さんにはご理解いただけていると思いますが、ドナルドソン氏(の業績)自体や本の中で紹介されているトレーニング方法を否定するつもりはないんですよ。
"犬の愛に嘘はない"(や"動物感覚")のようなポジティブなスタンスで(言い換えると変な先入観を持たずに)ファルコと付き合いたいなと思った次第です。