2011年03月04日

アレックスと私

ブログを始めた当初は、ごくごく身近な犬友達にしか"ファルコの小部屋"のことを知らせないつもりでいました。が、いつの間にか Googleにもクロールされるようになり、最近ではいろんな方が訪れてくださっていると認識しています。嬉しいやら、恥ずかしいやら、複雑な気持ちです。で、やっぱりどんなキーワードで迷い込んで来られるのかは少し気になるので、時々ブログの管理ツールで検索ワードをチェックしているのです。
というのは長い前置きで...ふらふら、10日ほど前、一つの検索ワードが目に止まりました。今回のタイトルと同じ "アレックスと私" という言葉。検索エンジンから辿り着いてくださるパターンとしては、Temple Grandin氏に関するものが意外に多いので、今回も"動物感覚"について書いた記事がヒットしているんだろうとすぐに気がつきました。そのなかで触れたアイリーン・ペッパーバーグ氏のヨウム"アレックス"くらいしかこの単語を使った覚えがなかったからです。

AlexAndMeE.jpg
それに、がんばって読もうと思って入手したものの"積ん読"になっちゃっている書籍↑のタイトルが同じだし... と考え始めてハタと気がつきました。"Alex & Me"ならともかく、"アレックスと私"で検索されたってことは、ひょっとして日本語訳が出たんじゃないかと...

調べてみるとビンゴ! 昨年末に"アレックスと私"として出版されていました。
残念なことに英語力が貧弱なもので、原本(ペーパーバック版)は、チラチラッとページをめくった程度で放置してあったのですが、日本語版があるとなるとスグに読んでみたくなりました。amazonさんに訊いてみると、在庫切れで半月以上待たされそう... そんなに待てない!というわけで、久しぶりに何件か書店を回って、ジュンク堂さんで無事に手に入れることができました。

AlexAndMeJ.jpg
この本(の原本)を読みたいと思った一番の理由は、テンプル・グランディン氏らの"動物感覚"の中で、ペッパーバーグ氏がアレックスを用いて動物の知能の解明に使われた"手本/競争相手方式"という学習方法に興味を持ったからです。この目的のためには"The Alex Studies"という学術書の方がより適しているとは思ったのですが、"Alex & Me"の方がやさしく読めそうだったのと、アレックスの死後に書かれたもので全てを包括しているであろうこと、そして以下の副題の後半に惹かれたからでした。
"How a Scientist and a Parrot Discovered a Hidden World of Animal Intelligence - and Formed a Deep Bond in the Process"

さて、"アレックスと私"では著者の名前がアイリーン・M・ペパーバーグとなっていますので、以降はペパーバーグ氏という表現に統一することにしますね。

この本は、学術書ではなく、ペパーバーグ氏の半生を振り返る自叙伝、そしてヨウムのアレックスの生涯の記録という体裁の読み物です。

お話はいきなりアレックスの死の直後から始まるのですが、興味を持たれて読んでみようという際は気をつけてください。私は混み合う電車の中でいきなり涙がこぼれそうになって慌てるはめになりましたから... アレックスを研究材料として割り切って(愛着/愛情を押さえ込んで)付き合い、なかなか認められない(中傷を撥ね除けながら)研究をがむしゃらに続けて来られた氏が、アレックスを亡くしてから自身の感情に正直になり、共に成し遂げた業績が素晴らしい(意味のある)ことだったと気付かれるシーンは実に感動的です。

幼少の頃の"原点"から理論化学の博士号を取るまでの話も興味深いのですが、動物の学習とコミュニケーションに関する"革命"的だった動物認知研究に転身されてからの苦闘と活躍は、へたな小説を越えるような波瀾万丈さでグイグイと読み手を引き込んでいきます。マイノリティな女性科学者であることや反主流的な考え方(と研究結果)に対する風当たりの強さに苦悩されながらも、信念に基づいて行動し続けられる姿(そして成果を上げられること)は多くの人を勇気づけると思います。

110215l.jpg
<本文とは無関係な挿絵: 2/15 大雪の朝の一コマです>

ペパーバーグ氏が方法論として採用した"モデル/ライバル法"(model/rival method あるいは model-rival technique)という学習法については、犬に応用した研究を中心に別記事にまとめる予定です。が、全くそれについて触れないと情緒的な話で終わってしまいそうなので、動画を一つ紹介させていただきますね。アレックスの後輩に当たるグリフィンの映像が多いですが、ペパーバーグ氏の訓練方法とその成果がよくわかるものです。が、埋め込みが禁止されているので こちらをクリックしてご覧ください。

2011/03/21 追記:"モデル/ライバル法"に関する記事を書きました。

それまでの常識を次々と覆して(ペパーバーグ氏の予想をも越えて)、アレックスは"音素"を認識し、"ゼロ"の概念を有するまでになります。(ペーパーバック版に付録されているインタビューによると)最終的には、50の物体の名前(ラベル)、7つの色、5つの形と 8までの数を理解するとともに、それらを組み合わせて物を同定したりカテゴライズしたり... といったことができるようになっていたそうです。

たった1ポンドの身体に、クルミほどの大きさの脳しかもたない(しかも大脳皮質にあたる部分がない)鳥にこれほどの"知能"があるというのは、正直に言うと、簡単には信じ難いと感じました。
ペパーバーグ氏の経歴等を見る限り、"クレバー・ハンス"のオステン氏のようなミスをするとは思えません。というか、本文の中にも出てくるのですが、主流派の研究者達によって準備された、徐々に明らかになる動物の知性を否定するためのキャンペーンが"賢いハンス会議"だったりするわけですから、その陥穽にはまられるはずはありませんね。
敢えてアレックスの能力を否定できる仮説を探すなら、ペパーバーグ氏が"レディー・ワンダー"のフォンダ夫人のような稀代の詐欺師であること。これもさすがに考えにくいでしょう。(この情報化の進んだ時代に)世界中の科学者をだまし続けられたとすると、それはそれで驚愕の事実ですが...

というわけで、ペパーバーグ氏とアレックスは、(哺乳類でさえない)鳥が充分なコミュニケーション能力を持ち、概念を理解し思考することを証明されました。途中は淡々と経緯を書き記されている感じもするの(とはいっても非常にダイナミック)ですが、最後の章 "彼が教えてくれたこと" では、ペパーバーグ氏は饒舌です。
アレックスと共に成し遂げられた功績を、"動物の思考が、大部分の行動科学者が考えていたよりもはるかに人間と似ているということ"、"人間は自分たちが長らく思っていたほど特殊な存在ではないこと"と分析し、さらには"自然界の本質は、いろんな側面が密接に影響し合ってひとつのまとまりを成している"と還元主義に対するアンチテーゼを(全体論の立ち位置にいらっしゃることも)提示しておられます。

110226j.jpg
<これも単なる挿絵: 2/26のお散歩の時の1カット>

"Alex & Me"ペーパーバック版の巻頭には、刊行への寄稿文?がいくつか載せられています。ラブストーリーでもあると紹介しているものも多いのですが、私をこの素敵な本に導いてくれた Temple Grandin氏のものだけを(意訳して)紹介しておきましょう。
"動物を愛する人皆さんに、この本を読んでいただきたい。アイリーン・ペパーバーグ氏は人間と動物の間のコミュニケーションについて先駆的な仕事を成し遂げられました。アレックスは人々が考えているよりも鳥がずっと賢いことを広く証明してみせたのです。"

同じく、ペーパーバック版の巻末には、日本語版にはないインタビューや FAQが掲載されています。それによると、アレックスが最後に取り組み始めていたヨウムの錯視の研究は、後輩のグリフィンに引き継がれているようです。アレックスが生き続けていたら、どんなにすごいことまでが明らかになっただろうという無念は、バトンタッチされたヨウム達が晴らしてくれるかもしれません。楽しみですね。

FAQの最後は、とってもシンプルなもので締めくくられています。原文のまま転載させていただきますね。
Q: How do you now feel?
A: I still think of, and miss, Alex every day.


全体をラブストーリーと呼ぶかどうかはともかく、この書籍がペパーバーグ氏からアレックスへのラブレターでもあるのは間違いなさそうです。
読み物としても素晴らしい一冊でした。ぜひご一読を!
posted by Tosh at 23:58| Comment(0) | 雑記帳
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。