台風で遊びに行けなかった週末、犬と人の共進化の話題を続けましょう。
# カミさんには、またツマラナイ話を書いてるの?と呆れられながら...
先の記事で触れたように、"動物感覚"の中ではオーストラリアの考古学者/人類学者の方々(Colin Groves氏やPaul Taçon氏ら)の説が紹介されています。Grove氏に関しては 1999年のこの論文などが見つかるのですが、Taçon氏の該当する論文はまだ入手できていません。2002年、Nature Australia誌にColin Pardoe氏との共著で発表された"Dogs make us human"というタイトルのもの。ここやここなどでも主旨は紹介されているようですが、可能なら原典をチェックしてみたいんですけどね。
彼らの(人は犬から社会性等を学んで共進化したという)主張では、共にCharles Vilà氏ら1997年の論文、犬は 13万5千年前にはオオカミから分岐していたという発見を拠り所の一つとしています。前の記事でも紹介したRobert Wayne氏の率いるチームの研究だったわけですが、Wayne氏自身は現時点では、犬のオオカミからの分化時期をせいぜい数万年前だと考えておられるようです。mtDNAの限られた遺伝子だけを対象としていたためにぶれた数値になったと分析されています。
流れからいくと"梯子を外された"ようにも見えますが、人が学んだ相手が犬ではなくオオカミだと考えると、大枠では議論が破綻しているわけではないように私には思えます。現在の人類 Homo sapiensに先立つ Homo erectusと一緒にオオカミ Canis lupusの化石が北半球のあちこちで見つかっており、その年代は 50万年前まで遡るようです。家畜化を通して現在の犬ができた(オオカミから分化した)のが、農耕等を含め人間の文明化(定住化)の頃だったとしても、それまでの間に緩やかな共生期間があったのだろうというのは定説化しているようですから。
犬の祖先がどのような形で人類と接点を持ったのかというのは、多くの人が気にしてきた命題かと思います。私が最近まで持っていたイメージは、かのコンラート・ローレンツ氏が "人イヌにあう"の冒頭でいきいきと描き出したようなものでした。すなわち、大型獣を狙う人間のキャンプの周りでオコボレを狙って集まっている犬類のうち、警戒心の少なかったものが次第に近づき馴化されたというようなもの。
ローレンツ氏自身は、現在のイヌ科の動物の生態から 1949年の発刊当時は(同書の記述では)、犬の起源としてジャッカル説をとっておられます(後に考えを変えておられます)。従って人の周りで暮らすジャッカルのイメージが先行していて、狩猟に長けているのは人類、それに従属する犬類という構図が見てとれるのですが、これは、氏の人間偏重主義(多くの西洋人の価値観)が影響しているようにも感じられますね。
前の記事で最後に紹介したマーク・デア氏の "美しい犬、働く犬"は約半世紀後の1997年に出版されたものですが、以下のような記述があります。
原人や原始人は武器はもっていてもハンターとしては優秀でなかったので、肉食動物の獲物の残りをあさったり、肉を手に入れる方法を学ぶために肉食動物の真似をしたりした。彼らが頼りにしたのは自分たちと同じ雑食性のクマではなく、ネコ類でもなく、自分よりはるかに大きな動物を人間と同じように集団で狩る動物−狼やリカオン−だった。狼と同様に人々も大きな獲物を好んで狩った。大きな獲物が手に入れば、集落の仲間が何日も肉を食べることができたからである。
狼と人間は同じ言葉を話すわけではないが、かなりの程度まで理解し合うことができる。狼は、顔つき、耳の傾け方、尾を垂らすか立てるか、そして、姿勢で人間にも分かるように自分の気持ちや意思を伝え、人間と同じように連想する能力や放浪への衝動をもっている。群れの社会構造、子供のしつけの習性は人間の集団のそれに似ている。
(マーク・デア著「美しい犬、働く犬 −アメリカの犬たちはいま…」p.31より引用)
この後に続くイヌ化の部分はローレンツ氏が描いた(一般的に知られてもいる)のと同様の、人による家畜化ですが、人類の方を従属的な立場に置いたというのは画期的なことだったのかもしれません。
# 余談ですが、プリミティブな犬への愛着など、デア氏にはローレンツ氏と共通するものを感じます。
デア氏の本が出版されたのと同じ年に、Robert Wayne氏のチームの論文が出され、それに刺激されて、2003年頃まで 犬と人の共進化に関するいろんな研究報告がなされたようです。上述の Colin Groves氏や Paul Taçon氏らもその一部ですが、もう一つ面白い文献を見つけました。
Wolfgang Schleidt氏(とMichael Shalter氏)による2003年に発表された論文。そのまんまのタイトル"Co-evolution of Humans and Canids"なので、簡単に検索に引っかかったのです。
ちなみに Schleidt氏は Konrad Lorenz氏の助手として活躍を始められた正統なお弟子さんに当たるようです。
この論文の副題は"An Alternative View of Dog Domestication: Homo Homini Lupus?"。犬の家畜化について正に一石を投じるような内容です。
英語力が貧弱で間違った部分もあるかもしれませんが、私なりにAbstractの部分を訳してみますね。
犬とオオカミは、群れを作る有蹄動物と約1000万年前から共に進化してきた多彩な捕食/腐肉食動物群の一部です。氷河期の間に、タイリクオオカミCanis lupusはユーラシアにおける最高の捕食者になっていました。移動する有蹄動物の群れについて行くことができ、オオカミは哺乳類として最初の牧畜者になったのです。
類人猿は樹上生活して果物を食べる目立たない霊長類の一群として進化しました。私達自身の種はおよそ600万年前にアフリカでチンパンジーに似た祖先から別れ、−おそらく氷河期の大規模気候変動という大きな流れの中で−真の人類(Homo erectus)として開けたサバンナへと踏み出したのです。機敏に木に登っていたものが、サバンナとステップに棲むものには必須となっていた移動生活に適合する可能性をもった四つ足で素早く走れる類人猿となったわけです。初期の人類は果樹がない状況下で、何でも集めて食べる雑食そして腐肉食動物へと変化していきました。彼らはユーラシアのステップへと移住して熟練した狩人となっていきます。
最後の氷期中のどこかのタイミングで、私達の祖先は牧畜者であるオオカミと協力し合うことになりました。おそらく最初は、人間の方がトナカイやその他の有蹄動物に付いて歩いて番人をするというオオカミの生活スタイルを取り入れたと思われます。そしてオオカミと人は一緒に居るべき伴侶を見つけたのです。
我々は、オオカミと人の間におけるファーストコンタクトが真に相互的なものであり、オオカミと人のその後の変化は、共進化と捉えるのが最も妥当だと提唱するものです。
この論文も Wayne氏らの1997年の研究結果を踏まえているため、犬のオオカミからの分化時期を人類と出会う前にシフトさせているようですが、彼ら自身が結論的に図示している犬と人の進化の流れを引用しておきます(Figure 2では犬の分化時期は化石資料に基づく1万年余り前になっていますが)。
概要では、犬と人の接触を真に相互的(truly mutual)とまとめられていますが、本文の中では、むしろ人の方がオオカミに家畜化されたんじゃないかという観点の指摘も出てきます。例えば住居を定める霊長類は人類だけなのに対して、犬類は何世代にも渡って同じ巣を使い続けるといった例など...
たくさんの研究を引用してあり非常に興味深い内容なのですが、残念ながら流し読みしかできていない体たらくなので、細部に言及するには私は力不足です。興味を持たれた方はぜひ一読してみてください。
最後に副題に関することだけを紹介しておきますね。
"Homo Homini Lupus"、人は人にとって狼である(他人に対して人は非常に残酷で恐ろしい存在になりえるといった意味)の慣用句だそうですが、オオカミが人に与えた影響などを踏まえ、著者らは別の句を提示しておられます。
Homo homini Pithecus − Lupus homini Homo
人は人にとって猿的である。オオカミは人にとって人間的である。
この論文はとても面白いので、Wolfgang Schleidt氏のその後の研究を知りたいと思ったのですが、1927年生まれのご高齢でこれが事実上最後の研究結果のようです。別の方による続く研究がないかと探してもいるのですが、今のところは見つけられていません。
前の記事で紹介したÁdám Miklósi氏の講演ではこの論文も紹介されているのですが、彼の結論は先に書いたとおり、人が犬によって(遺伝レベルで)進化させられた証拠は"今のところは"見つかっていない というものです。
テンプル・グランディン氏が引用しているような、"社会性を犬から学んで人は進化した"という観点については、まだ定説化しているわけではないというのが私の認識です。
ただ、人類と非常に近い遺伝子を持つチンパンジー等の社会性が、オオカミや犬よりも遥かに低いレベルだという霊長類の専門家の見解には、今後明らかになるかもしれない共進化のカギがあるのかもしれませんね。
半世紀以上も前、コンラート・ローレンツ氏は"人イヌにあう"の中でこんな風に書いておられます。
イヌと類人猿を比較することは、たしかに時期尚早だが、個人的には、私は、知性を示す他の技能で類人猿がいかにイヌをしのいでいるにしても、人間の話すことを理解するうえではイヌのほうがまさっていると信じている。ある点では、イヌはもっともりこうなサルよりもはるかに「人間的」である。人間と同じように、イヌは家畜化された動物である。そして人間同様、イヌの家畜化は二つの体質上の資質に負っている。第一は、本能的な行動の固定した軌道からの解放であり、それは人間にたいしてと同じく、イヌに行動の新しい道を開いた。第二に、持続する若々しさである。イヌにあっては、それは永遠に愛情を切望して止まない根源的な所以であり、人間にあっては、外に向けて広く開かれた心となって豊かな老年にまで保持される。
(コンラート・ローレンツ著「人イヌにあう」早川書房文庫版 p.218-219より引用)
2011年09月05日
Man Meets Dog
posted by Tosh at 01:22| Comment(6)
| 雑記帳
これってとーちゃんの一生懸命言ってることと通じてることかもと思ったのでコメント書かせていただきます。
私は人のコミュニケーションのことを専門に仕事をさせてもらってますが普段の仕事と、とても関連のあることだったので”なるほど〜”と思った次第です。
興味深いことはイヌやオオカミは白目があるけどチンパンジーは白くなく茶色いということで、他者の視線や共同注視ができる能力があるのは人間とイヌとオオカミだけと言う興味深い研究でした。
又、イヌ科と言われるタヌキもやはり白目はないと言っていました。
まさに人間において特に自閉症と言われる人がコミュニケーション能力に乏しい場合は指差しや共同注視が難しい場合が多く、その人のコミュニケーション能力の尺度とも言えるものなんです。
チンパンジーは知能はイヌよりも高いですが、他者の意図をはかる能力はイヌの方が高く、チンパンジーの方が”個人主義”だと言っていました。又白目がないことで自分がどこをみているかを相手にわからないようにして、もっとずるがしこいかけひきをチンパンジーなどは群れの中でしていると言っていました。
あと、イヌは人の視線を意識していて、視線によって行動を変えることや、視線をあわせることで、飼い主はオキシトシンの分泌が増えることなどが実験で証明されているようです。(オキシトシンは母親があかちゃんと視線を合わせることで母乳を促進させるホルモンです)イヌの方も視線をあわせることでオキシトシンが促進するかを調べたいと言っておられましたが、出産したことがないイヌがネコの赤ちゃんに母乳をあげて育てるいう話はよく聞くので、イヌは他の動物よりも母性本能が出やすい種、もしくは、だから群れで子どもを育てることができる種なのかもしれないと思ったりします。
人間でも昔は乳母やもらい乳というのがあったようですから・・
私までちょっと固くなってしまったかなぁ〜(汗;)
この手の記事には呆れて誰もコメントを付けてくれないと思っていたんですが... ありがとうございます。
え〜、そんな番組があったんだ!再放送があれば見たいなぁ...と検索してみたら、トイプーの飼い主さんが詳しく紹介してくださっていたので、リリィのかーちゃんさんの記述と合わせて概要はわかりました。
http://ameblo.jp/alfa2525/entry-10977574656.html
指差し実験は Brian Hare氏の2002年の論文で有名になった話題ですが、彼はもともと霊長類の研究者で、チンパンジー等でみられる他者の視線を追うという能力を追いかけて行く中で、犬だけが(学習しなくても生来の能力として)人の指差しに反応できると明らかにしたそうですよ。
http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,1921614-3,00.html
なので、"他者の視線や共同注視ができる能力があるのは人間とイヌとオオカミだけ"と番組中で言われてたとすると、ちょっと乱暴な気がします。
ちなみに、上のリンク先の Time誌の記事全文を訳してくださっているページがあります。"他人の褌"でちょっと後ろめたいのですが、参考にしてみてください。
http://mrknoboyaki.blog.ocn.ne.jp/blog/2009/09/post_55a7.html
犬と人がふれあう際にもオキシトシンの分泌があることを有名にしたのは Kerstin Uvnas-Moberg氏ですね。
http://dogactually.nifty.com/blog/2008/09/post-af95.html
注視によってもそういった"絆ホルモン"が働くと報告したのが、"いきもの散歩道"の記事でも触れた永澤美保氏です。
http://dogactually.nifty.com/blog/2009/09/1-5f56.html
"いきもの散歩道"の書籍中には、Oxytocin以外の絆形成等にかかわる情報伝達分泌物の話題も豊富で、きっと何かの気付きを与えてくれると思います。ぜひ買って読んでみてください。
余談ですが、上記の拙記事で紹介した"Dogs Decoded"のビデオには、Brian Hare氏も Kerstin Uvnas-Moberg氏も登場しておられます。Oxytocinネタは Moberg氏自身が説明されていますが、指差しや視線の指示に従う話は Hare氏とは Max Planck研究所繋がりの Juliane Kaminski氏が、有名な Rico(Chaserが出て来るまでは最もたくさんの名前を識別するとして知られていた犬)と一緒に紹介されてますけど。
犬の科学に興味を持つ者にとってはビッグネームが目白押しで、映像で研究を紹介してくださっているのでスゴいビデオだと思います。有名なキツネの家畜化についても Lyudmila Trut氏自身が説明されていたりとか...
話が変に解説の方に行っちゃいました。本筋に戻します。
今回の一連の記事で私が"一生懸命言ってること"というのは、NHKの番組内容に合わせて言うなら、"なぜ人だけが(他の霊長類とは違って)、オオカミや犬と同じような白目を持つに至ったか?"に興味があるということなんです。
自分より大きな獲物を集団で狩るタイプのハンターにとって、"目配せ"のような Social Cueを使えることは生存上有利に働くのは間違いないでしょう。
サバンナに降り立ったサルが何百万年かかけて突然変異を定着させて社会性とともに独自に身に付けた表現型だというのが従来からの一般的な見方かと思います。この考え方だと、オオカミ(犬を含む)と人に見られる白目は収斂進化と呼ばれる現象です。
もともと白目を持っていたオオカミと共生(コミュニケーション)できる個体が生き残れるという強い選択圧を受けて Homo erectusが急速に白目化したとすれば、これはオオカミによって人が進化させられたということになるわけです。
人が犬を進化させたことは間違いない(オオカミからの分化自体が人によるかどうかは置いといて)と思うのですが、ひょっとしたらオオカミが人を進化させた(Wolves make us human)ということがあってもおかしくないんじゃないかと考えているわけです。
上の例では、同時代性がなくて厳密には共進化と呼ぶべきではないかもしれませんが、人と犬が今生存(&繁栄)できているのは、お互いに相手の存在があったからだということなら素敵だと思いませんか!?
でも、イヌでも、性格が様々な様に共同注視の能力、社会性の能力はちがうなぁと思います。とーちゃん同様、生まれた時からイヌがいる家庭で何頭かのイヌと一緒に育ちましたが、ラブのリリィを飼ってすぐ思ったのが、何て目で物を考えるイヌなんだろうということです。(人の意図も含めて)
とーちゃんには話したことがあったかと思いますが、今まで飼っていたイヌは目より鼻を使うという感じでしたが、リリィは目で見ることによって認識したり、考えたり学習したりしました。(選挙のポスターのおじさんやタヌキの置物に注目したり、顔や背格好で人を見てたり、匂いではなく視覚認知を使っているのが特徴的でした)
しつけや訓練も本当に覚えが早く教え込もうとしなくてもリリィの方から吸い取り紙のように吸収してくれるという感じだったのは驚きました。
人間の子どもの学習においても、目の働きというのは共同注視なども含め、また模倣等とも関連して学習にとってはとても大切な役割をもっています。そう言った意味でラブはやっぱり学習能力が高いなぁと思ったものです。
リリィがパピーの頃、うちの三男とどっちがおりこうかなんてよく言ってましたが、あのころは完全にリリィの方がしっかり私の顔を見てくれていました(笑)
ラブラドールについては、人とのコミュニケーションを取る際に視覚をよく使うとは感じてますが、"匂いではなく視覚認知を使っている"という部分については私はよくわかりません。# 多少、懐疑的です。
犬の科学(なんか"犬学"っていう表現に抵抗があるもので...)では、学習と認知の議論が盛んなようですね。私も犬バカではありますが、犬の認知や思考方法を変に人間からの類推で捉えようとしたり、学習の結果として定着した行動を生来の行動と混同したりすることは避けるべきかなと考えています。
# スキナリアンが徹底して行動随伴学習しか認めようとしないのとは立ち位置が異なりますよ。為念。
ちょっと否定的な返信だけじゃつまらないので、本文や前のコメントでは書かなかった情報をもう一つだけ。
自閉症とは方向が異なりますが、ウィリアムズ症候群と犬の家畜化の関連性についての話題。"Dog's Best Friend"の記事中でもチョコッと触れた話題ですが、リンク先の記事の最後のページ(5ページ)に WBSCR17遺伝子に関する興味深い記述がありますよ。
犬好きでコミュニケーションが専門領域であれば、ぜひ目を通してみてくださいね。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/1103/feature01/
http://honyakubiyori.blog37.fc2.com/blog-entry-318.html
とともに、犬のことを書いた私のブログにリンクさせていただきました。
はじめまして。丁寧なご連絡をありがとうございます。
遠縁には俳人や芸術家も居らっしゃったのですが、残念ながら私は凝縮して表現する才能に恵まれなかったようです。ダラダラとした長文の書き連ねと下手くそな写真の多用... ちょっと恥ずかしく思います。
そんな駄文群の最たるものかもしれませんが、人と犬の共進化に関する記事群の大半は下記の"雑記帳-4"に集まっております。お暇があれば、併せて読んでいただければ嬉しく思います。
http://falkor.jinendo.org/category/863033-4.html