2011年10月11日

Not a Coincidence

いきもの散歩道で最近の犬の科学について触れ、Man's Best FriendDog's Best FriendMan Meets Dogと犬と人の共進化について書いてきました。
少し時間が空いてしまったのですが、関連する補足的なことを書いて、この話題については一旦終わりにしたいと思います。

お恥ずかしい話なんですが、犬(オオカミ)の存在によって人が進化したのかもしれないという夢のある?考えを紹介しておきながら、人類の進化に関する最近の研究結果をほとんど知らないことに気が付きました。
そこで、今年出版されたばかりの啓蒙書なども読んでみたのですが、私の(以前の知識で)思っていたよりも、人類の進化はずっと複雑なものであることがわかってきているようですね。主流となっているアフリカ単一起源説が正しいなら、北京原人等の Homo erectusがオオカミから社会性を学んだとしても、それは Homo sapiensには繋がらないブランチのようです。話題になったミトコンドリア・イブのことは知っているつもりでしたが、知識が断片的で有機的に結合していなかったことに改めて気付かされました。

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Temple Grandin氏が"動物感覚"で引用しておられるColin Groves氏の1998年のレポートでは、過去1万年で我々人類(Homo sapiens)の脳が約10%縮小したことことがわかっているそうです。脳の縮小は家畜化された動物でよく観察される事象のようですが、一般的な家畜化においては前脳と脳梁の容量が減るのですが、人間の場合は中脳と嗅球が小さくなっているのが特徴。犬と暮らし始めることによって、嗅覚等のセンサー機能を縮小(犬に転嫁)できたということが示唆されています。

ただ、人類は自ら作り出した文明によって"自己家畜化"しているという考え方もあり(Man Meets Dog の最後で引用した文章にも出てくるように Konrad Lorenz氏もそう考えていた一人)、脳の縮小は集落〜都市といった集団生活によって引き起こされたものである可能性もあるのかなと思います。
人類の進化としてはずっと巨大化に向かっていた脳が縮小に転じたことだけをもって、犬の存在によって人が進化したというのは少し跳躍があるように感じています。

余談ですが、今年の2月にこんなニュースが流れましたね。冒頭に"人類の脳の大きさが過去3万年で縮小しているとの研究結果が米科学誌ディスカバー(Discover)に発表された。"と明言してあります。年数は違うもののそれは以前からの常識じゃないの?と調べてみると、英語で配信された記事はこちら等で紹介されているもののようです。"研究結果が...発表された"という記述はどこにもありません。更に Discover誌を検索したところ、AFPが下敷きにした同誌の記事はこれだとわかりました。脳が縮小した期間は 2万年前からになっていますし、研究結果が発表されたわけではなく、いろんな研究者から聞いた内容を記者がまとめたものなので、日本語のニュースは元ネタからずいぶん外れた文章になっていることがわかります。科学に関することで、"伝言ゲーム"の悪い見本を見せて欲しくはないものですねぇ。困ったもんだ。
イイカゲンな日本語報道を非難するだけなのは淋しいので、ちょっと本題と関係したことも書いておくと、犬の世界でも指差し実験等で有名な Brian Hare氏が霊長類学者としてインタビューされており、犬のことについても言及されています。日本語のニュースだと唐突な感じですが、Discoverの方でも、(別途インタビューをされたと思われる)AFPでも興味深いことを話しておられます。その中でも自己家畜化(self-domestication)のことに触れられていますね。


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上記の Colin Groves氏の考えを紹介する記事(タイトルはTheory suggests greater role for man's best friend 訳すなら 理論によると人類の最良の友は大きな役割を果たしたようだ)の最後はこのような文章で終わっています。
(犬と同様の)大きな遺伝子多様性と、よく混合された遺伝子プールが広範囲に展開しているという稀な組み合わせを持つ哺乳類は、人間だけである。
これは偶然の一致だろうか?(A coincidence?) グローブス博士はそうではないと考えている。


この Coincidenceという単語は別の場所でも見かけました。
いきもの散歩道で触れた"Dogs Decoded"という動画の最後の部分です。

Greger Larson氏: 地球上に70億もの人間がいる(繁栄している)理由の一つは、我々の進化において犬が果たした役割の結果によるところが大きいと考えている。
# 氏は別の箇所でも、人類の文明は犬の家畜化なしにはありえなかったという考えを示しておられます。
Daniel Mills氏: 個人的な見解だが、犬が最良の友と呼ばれることは、偶然ではないと考えている。

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結局、犬から社会性を学んで人類は進化したのかということに関しては、確証は得られないままです。おそらく(Homo erectusから Homo sapiensへの)種分化のレベルではオオカミの存在は無関係でしょう。しかし、約1万年前からの文明化と時を同じくして成された犬の家畜化は、少なからぬ影響を人類に与えたと考えてよさそうです。

スタンレー・コレン氏は著書"理想の犬の育て方"の中で、犬が人を助けた記録を分析しておられますが、関連して興味深い考察が出てきます。
遺伝子を共有するオオカミの群れ(家族)を前提に進化したと考えられる犬の利他行動は、犬を家族のように扱う人間の生存率を高めた可能性がある。言い換えると、犬から家族だと認められる人(≒犬を家族のように扱う人)の遺伝子が生き残って現在の人間社会を形成しているんじゃないかというわけです。

やはり、"犬は最良の友"と言われるのは偶然ではなさそうです。
posted by Tosh at 23:03| Comment(0) | 雑記帳
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