2012年01月17日

だからこそ犬が好き

先の記事では、一部ではバイブル化しているようにも見える "ザ・カルチャークラッシュ"の著者ジーン・ドナルドソン氏と日本語版の制作者に対する批判をおこないました。実のところ、根底にあるのは徹底的行動主義=行動分析学の"基本スタンス"に対する反感ではあるのですが、古典的条件づけとオペラント条件づけを否定するつもりは毛頭ありません。学習能力のあるほとんどの動物(もちろん人間を含む)がこれらのメカニズムで学習しているのは間違いないでしょう。が、社会的動物においては、いわゆる社会的学習が重要な要素であることを忘れてはいけないと思います。そして、犬はまさしく社会的な動物なわけです。

行動分析学の立ち位置にいても、ドナルドソン氏のようにスキナーの教義に盲目的に従っているように見える方はむしろ少数派ではないかとも思います。
ドナルドソン氏よりも早くからオペラント条件づけを動物のトレーニングに取り入れられたカレン・プライア氏はもう少し穏便です。生物学者でもある氏は、(特に社会的動物においては)徹底的行動主義が万能でないことにも言及しておられます。

動物行動学よりも行動分析学に寄っておられるようで気になる記述も書籍中に見られますが、以下の文章は、私が犬のトレーニングをおこなう際の拠り所になっているんですよ。

強化を使って訓練をすると必然的に起こる、不思議だが重要な結果は、訓練する側とされる側に愛情が芽生えることである。(...略...) 動物にとってトレーナーは、おもしろくて、わくわくする、好子をくれて、生活を楽しくする宝庫であり、トレーナーにとって動物の反応は、おもしろくて強化的であるから、お互いに愛着が芽生えるのは当然であろう。
(カレン・プライア著「うまくやるための強化の原理」 p.184-185より引用)

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スキナー流の考えにむしろ反感を持っておられるようにも思えるテンプル・グランディン氏も、オペラント条件づけについては当然のことと認め、そのトレーニングによって信頼関係が構築されることに言及しておられますね。

動物の訓練に正の強化を使う利点は、「探索」システムを刺激すると同時に、他者との触れ合いの欲求もいくらか満足させることだ。
訓練士がいつも正の強化を使えば、動物は訓練士といっしょにいたくなる。訓練された動物は、血圧測定バンドや聴診器に慣れる訓練の時間になったら、一生懸命走って来るだろう。このような光景は、たくさん見てきた。
私が見た動物はみな、与えられる餌のほうびが大好きだったが、中には、訓練士と、ほんものの触れ合いと気持ちのつながりを育んでいた動物もいたようだ。動物と人間はたがいに親愛の情をいだくようになり、その関係は好ましく、温かいものがある。

(テンプル・グランディンら著「動物が幸せを感じるとき −新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド」 p.203-204より引用)

余談: グランディン氏の新刊 "動物が幸せを感じるとき"の原題は "Animals Make Us Human"ですが、これは Making Animals Happyで紹介したのと同じ書籍です。実は、昨年になって(犬と人間の共進化の話題が載っていないかと)この原本も入手したのですが、なぜか先に買った本と同内容!? 日本語版の"訳者あとがき"を読んで理由がわかりました。"Making Animals Happy"の方はイギリス版だそうですね。ややこしいことをするなぁ...

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犬の知能や"心"に関する書籍をたくさん出版されている心理学者のスタンレー・コレン氏も、ドッグトレーナーとしては行動分析学的手法を用いておられるようです。
コレン氏の本は、(いかがわしそうな日本語タイトルに騙されて)ずっと敬遠して購入もしていなかったのですが、去年の秋口から読み始めてみたら、とっても面白いしマトモなんですね! 5冊読んだ中でも "犬も平気でうそをつく?"(原題: How Dogs Think - Understanding the Canine Mind)は、ぜひ多くの方に読んで欲しいと思える一冊です。

2004年に出版されたものですが、その当時の最新の情報(科学的な認識)をふんだんに引用して、犬とはどんな動物かということをまとめられています。古典的条件づけやオペラント条件づけについてもわかりやすい説明がなされているのですが、社会的学習についての言及も忘れられてはいません。
モデル/ライバル法で紹介した 2003年のマッキンリー&ヤング両氏の研究まで紹介されているのには驚きました。# この本を先に読んでいたら、一所懸命に苦手な英語と格闘する必要はなかったかもしれないですね...

コレン氏は大の愛犬家でもあるそうで、犬に対して"素晴らしい生き物であるはず"という基本スタンス(バイアス)をお持ちかもしれません。が、考察の方法は客観的で、ザ・カルチャークラッシュの中で言われる "イヌのありのままの姿"が間違いであることを私たちに示しておられます。
# もちろん科学は進みますから、犬の真実の姿は今後も変遷していくだろうことも心に留めておきましょう。

氏の著作を読んだことがない方は、ぜひ "犬も平気でうそをつく?"を手に取ってみてください。犬たちがよりいっそう愛おしくなることと思います。

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先の記事で擬人化について少しだけ触れました。犬を愛しておられるのだろうと思われる方の多くが口にされる言葉「犬を擬人化してはいけない」。
実は私はこの言葉の使い方に疑問を感じています。

犬には思考や感情があるだろうか? もちろん、ある。もしなかったら、この世に犬というものは存在しなかったろう。しかしながら、以上のことを申し上げたうえでなお、犬についての本は、当然、いくらか擬人化されたものにならざるを得ないし、それも理にかなったことだと言いたい。そもそも、擬人化というレッテルに反感を持つこと自体、見当ちがいなことなのだから。
(エリザベス・M・トーマス著「犬たちの隠された生活」 p.15より引用)

従来、(キリスト教の考え方とも相まって)擬人化という言葉は思考停止を引き起こすほどのダメ出しの烙印の意味で使われてきました。が、トーマス氏が指摘するように"共感のこもった観察によって他の種を評価"することには意味があると思います。

Man Meets DogNot a Coincidenceで人と犬が共に歩んできたことを考察しました。遺伝的な共進化があったかどうかはまだわかりませんが、人類(と犬も)がここまで繁栄できたのは、人と犬が手を取り合う生活を身に付けたことと無関係ではなさそうです。では、どうやったら近縁でもない全く異なる生物種が共同生活をできるようになったのでしょう?

共進化に関する記事をまとめながら私が考えていたのは、犬は人にとって擬人化しても問題のない相手だったのだろうということです。つまり、犬の考えや気持ちは、人が想像できる範囲のものだったことがキーポイントだと思うわけです。また、犬にとっても人が擬犬化可能だったという双方向の"共感"こそが、人と犬をこれほど強く結びつけたのではないでしょうか。

"犬に対する擬人化(可能性)バンザイ!"なんてことを考えて悦に入っていたのですが、前述のコレン氏の著作を読んだら、全く同じ観点の指摘がなされていました。

擬人化や擬犬化がなくては、犬がみごとに家畜化され、人間の家で暮らし、人間のコンパニオンや仕事仲間になることはなかったと思われる。
(スタンレー・コレン著「犬も平気でうそをつく?」 p.321より引用)

もちろん、犬のことはなんでもかんでも人間の基準で類推して良いというわけではありません。全く別の種である犬を理解するためには、冷静さと謙虚さをもって彼らの真の姿を探し続ける必要があるでしょう。
しかし、他者が自分とは異なる(考え方や感じ方をする)存在であるというのは、人間同士でも同じことですね。日本語にしにくい言葉の一つだと思いますが、(犬や他の動物たちも含めて)他者をリスペクトするという姿勢があれば、安易な決め付けや思い込みの陥穽には落ちないはずだと信じています。

犬はたしかにすぐれた知能と明快な思考力をそなえている。だが、犬と人間がおなじ結果をだすとしても、そこにいたる道のりは、おたがいにおなじではない。
(スタンレー・コレン著「犬も平気でうそをつく?」 p.358-359より引用)

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同じような観点の分析は日本人の研究者もなさっています。

いきもの散歩道の中でチラッと紹介した書籍の中で、菊水健史氏は CAMP-WANの成果を紹介した後に次のように書いておられます。

犬は1万年以上も前から人と生活を共にしてきました。人と犬を結びつけるものは、犬が人から餌をもらい、周囲の野生動物の接近を警戒して吠えるだけではありません。おそらくそこには何らかの、そして決定的な認知機能の共有があったに違いありません。お互いのことを言葉を介さずとも伝えられる。そして密なコミュニケーションがとれる、これがおそらく犬と人を結びつけたものと思われます。以前も紹介したように、犬はオオカミのみならず、チンパンジーよりも人からの刺激に対して上手に反応できる能力を持っていることが明らかになってきています。藤田和生博士の研究のように、犬の認知科学に関する研究が進むことで、犬が人の最良の友になった背景が垣間見られるかもしれません。
(菊水健史著「いきもの散歩道」 p.213-214より引用)

そして、藤田和生氏は(以前の記事でも触れた書籍のあとがきで)こんな素敵な文章を綴っておられます。

ヒトは多様な動物種の一種であり、ヒトの心は種の数だけある心の一つにしか過ぎない。地球上のすべての動物種の心は、四〇億年という歴史を踏まえた結果であって、その意味で等価だ。すべての動物種の心は、同じように大切であり、互いに敬うべきものであり、互いに補い合うべきものでもある。心は多様であり、相対的に捉えられるべきものなのだ。「心の相対論」とでも呼ぶべきこの認識は、地球共生系の未来を考える上で、何よりも大切な基本的認識だと思う。
(...略...)
人間中心主義、人間至上主義を打ち壊そう。それはヒトの愚かさを示すだけのものでしかない。
動物たちの心をもっと知ろう。そして彼らと一緒に生きていこう。それはヒトが本来の姿に帰ることでもある。
(藤田和生著「動物たちのゆたかな心」 p.171-172より引用)

以前に紹介した"動物感覚"の最後の文章とオーバーラップしますね。

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ファルコがパピーの頃にお世話になったトレーナーさんから聞いた「犬には、"損"と"得" この判断基準しかないと思ってください。」という言葉。
それをすんなり受け入れることができなかった時に始まった私の心の旅は、今一つの目的地にたどり着いたと感じています。

犬が損得勘定だけでしか行動しないという説に対する反論だけであれば、スタンレー・コレン氏の"犬があなたをこう変える"の14章 "何にもまさる犬の愛情"に手短か(6ページ)にうまくまとめられています。が、あえて引用するまでもないでしょう。

"イヌはバカで身勝手説"が愚かな思い込みであることも既に論じました。

あとは、犬の愛に嘘はないMan's Best Friendで宿題のように提示した"私自身が犬を好きな理由"に言及すれば、一区切りがつきます。

"なぜそんなに犬のことが好きなのか?"
答えの一つは、(禅問答みたいですが)"人は犬を好きと感じられるような性質を本来持っていたから"、あるいは Not a Coincidenceの最後で紹介したコレン氏の考察のように "犬を好きと感じられる遺伝子が生き残ったから"です。
しかし、これは私の心の中を素直に映しているものではありませんね。

哺乳動物と鳥には人間と同じ「深層感情」がある。今では、トカゲやヘビも、おそらく、私たちがもっているこうした感情の大部分をもっていることがわかってきている。(...略...)
動物と人間の情動の大きなちがいは、動物には人間のような心の葛藤がないことだ。動物は相反する感情をもたない。動物同士や人間と愛憎関係にならない。これは人間が動物をかわいがる理由のひとつといえる。動物は忠実だ。人を好きになったら、とことん好きだ。外見や収入など気にしない。
(テンプル・グランディンら著「動物感覚 −アニマル・マインドを読み解く」 p.121より引用)

私が動物好きの理由はグランディン氏が端的に書かれているとおりかもしれません。そして数ある動物の中でも犬は、"とことん好き"であることをわかりやすく伝えてくれるからこそ、犬に惹かれるのだと思っています。

なぜ犬を愛するのか、その答えは誰でも知っていることで、いまさら問う必要などないのではなかろうか。人間が犬を愛するのは、犬が無条件で愛してくれるからだ。どんな扱いをしても、いくら冷たくあしらっても、犬は懸命に私たちを喜ばせ、一緒にいたいと願う。
(...略...)
犬を愛する主要な理由のひとつは、犬と一緒にいれば自己への関心にとり憑かれることから解放されるという点かもしれない。頭の中が堂々巡りをしはじめ、どこにも出口が見えなくなって、この先どうなるのかと私たちが不安におののくとき、犬は喜びの瞬間へとつながる窓を開けてくれる。
(...略...)
真実の探求者、それが犬だ。彼らは自分以外の存在の奥の奥にある、目に見えないにおいを探し求めている。
(J・M・マッソン著「犬の愛に嘘はない −犬たちの豊かな感情世界」 p.70-75より引用)

以前の記事では具体的な内容に全く触れなかったのですが、マッソン氏はこのような考察を書いておられます。名文ですよね!

私の個人的な性向としてもう一つ理由を追加しておきたいと思います。
それは、"犬とならば一緒に遊び(や作業)を楽しめるから"。
私自身が作業犬に魅力を感じ、フリースタイルに興味を持ったり、GRTを始めようとしたきっかけは正にこの点なのです。おそらく私は真っ直ぐな心を持つ"相棒"を求めているってことなんでしょうね。

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なんだかんだと理屈っぽいことをダラダラ書き連ねてきましたが、結局のところ、犬たちに愛情を感じるのは感情であって、説明なんて要らないのかもしれませんね。

"A dog is the only thing on earth that loves you more than you love yourself." - Josh Billings


もともとはココまでで記事を終えようと思っていたのですが、今日届いた素敵な本も紹介しておきたいと思います。

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世界中で撮影された Art Wolfe氏の犬(と人)の写真と、"犬の愛に嘘はない"の Jeffrey Moussaieff Masson氏の文章が組み合わされた "DOGS MAKE US HUMAN"。

まだチラチラッと眺め始めたばかりなのですが、本記事にも関係する文章が目に止まったので、ザクッと意訳して紹介してみたいと思います。

私たちが犬を、恋するがごとく愛するなんていうのは実際にあることだろうか? 世界中で撮られたこれらの写真は、それが"ある"と語っている。もちろん、私たちは犬を深く愛している。犬が私たちを愛してやまないことにも疑いの余地はない。人と犬の間に愛情があることは明白で、どんなに科学的に疑ってみても、犬の愛の真正性を信じない人が得心するようなことにはならない。
他のどんな動物よりも感情を宿している犬の目の中に、私たちは愛情を見つけることができる。そして、世界中のどこでも、文化や地理的な差によらず、私たちが犬の瞳に映った感情をいとも簡単に読み解けることは奇跡と言うべきだろう。だが、何てことだ、犬の愛が特定の個人に向いていることはまれで、彼らは万人に愛を注いでくれるのだ。
(Jeffrey Moussaieff Masson and Art Wolfe著「DOGSS MAKE US HUMAN」 p.16より引用)

英語を読むのが嫌いな方でも Wolfe氏の素晴らしい写真集としてだけでも充分に価値があります。とってもお薦めの一冊です。
posted by Tosh at 23:56| Comment(0) | 雑記帳
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