2013年01月19日

星の王子さま

昨年末、昔から持っているある本を急に読み返したくなりました。
学生時代から、狭い住処を圧迫しないためと、読書好きの母が愉しむかもしれないと、読み終わった小説等はほとんど実家に置くようにしてきました。なので、あの本を読み直したいと思っても、手許にないものがほとんど。すぐに取りに行けそうにない場合には新たに購入するということも時々あります。

が、たしか小学5年生のクリスマスにサンタさんからもらったその本だけは、今の家にも持ってきたはずと探してみると... やっぱりありました。

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サン=テグジュペリの"星の王子さま"。
# 全国学校図書館協議会選定の必読図書というシールが妙に懐かしいんですが、今でもこのシールを使っているのかなぁ...

熱烈なファンというわけでもありませんし、めったに読み返すことなどないのですが、なぜかこの本一冊だけは、40数年の時を経てもいつでも手の届く所に置いておきたいと感じてきたのです。

もともと記憶力には自信の無い私、最初に読んだ時のことはあまり覚えていません。なんとなく、ウワバミやバオバブ、そして"一ばん上できの"王子さまの挿絵が印象に残っていた記憶がかすかにある程度です。

この本を"再発見"したのは高校生になってから。デートで観に行ったミュージカル仕立ての映画"星の王子さま"。本のイメージとずいぶん違っていたこともあって、本棚から引っ張り出して読み直してみました。

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当初、私が惹かれたのは、王子さまが星に残してきたバラとの関係。

「だから、ぼくは、どんなことになっても、花から逃げたりしちゃいけなかったんだ。ずるそうなふるまいはしているけど、根は、やさしいんだということをくみとらなきゃいけなかったんだ。花のすることったら、ほんとにとんちんかんなんだから。だけど、ぼくは、あんまり小さかったから、あの花を愛するってことがわからなかったんだ」
(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.42-43より引用)

「人間っていうものは、このたいせつなことを忘れてるんだよ。だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない。めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなきゃいけないんだよ、バラの花との約束をね……」と、キツネがいいました。
(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.99より引用)

でも、その時には、この本の大事な部分を心の底から感じ取れていなかったのかもしれません。なにせ、私はまだ大きな別れを知らない頃でしたから。

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本当にこの本が好きになったのは、失恋や親しい人の死を経験してからのような気がします。

「だけど、あんたのその金色の髪は美しいなあ。あんたがおれと仲よくしてくれたら、おれにゃ、そいつが、すばらしいものに見えるだろう。金色の麦をみると、あんたを思い出すだろうな。それに、麦を吹く風の音も、おれにゃうれしいだろうな……」
(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.92-94より引用)

「でも、きみは、泣いちゃうんだろ!」と、王子さまがいいました。
「そりゃ、そうだ」と、キツネがいいました。
「じゃ、なんにもいいことはないじゃないか」
「いや、ある。麦ばたけの色が、あるからね」

(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.97より引用)

星を眺めるのが好きになった私が、一番お気に入りになったのはキツネと心を通い合わせる箇所。

その一方で、"飼いならす"というのは"仲よくなる"という部分は、原文ではどうなっているんだろうという疑問も感じ始めました。読み込むほどに、ところどころにしっくりこない日本語も見受けられたからです。


読み返すたびに、それまでは見落としていた(流し読みしてしまっていた)大切なことに新たに気付かせてくれるこの本。今回は、最後の方に出てくる井戸の水の部分に心惹かれました。

「ぼく、その水がほしいな。のましてくれない?……」
ぼくは、王子さまがなにをさがしていたのか、わかりました。

(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.109より引用)

「ね、とてもいいことなんだよ。ぼくも星をながめるんだ。星がみんな、井戸になって、さびついた車がついているんだ。そして、ぼくにいくらでも、水をのましてくれるんだ」
(岩波書店版 内藤濯訳「星の王子さま」 p.124より引用)

王子さまが探していたものが何だったのかについて、私もようやく気が付くことができたように思います。

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今月になって、"星の王子さま"について記事を書こうかと思い始めてから、ちょっと検索をしてみて驚きました。2005年に独占的な翻訳権が切れたことにより、多くの出版社から新訳が出されていたのですね。
# ついでに書いちゃうと、ちょうど先月にNHKの"100分 de 名著"という番組で取り上げられていたことも知りませんでした。こちらはすぐにNHKネットクラブの再放送ウォッチ!に登録しました。

とりあえず一冊、新訳本も読んでみようと手に入れたのは新潮文庫のもの(右)。こなれた日本語になっていて好感が持てました。
気になっていたキツネとの"飼いならす"部分の会話はこんな感じ。

「『なつく』って、どういうこと?」
「ずいぶん忘れられてしまってることだ」キツネは言った。「それはね。『絆を結ぶ』ということだよ……」

(新潮文庫版 河野万里子訳「星の王子さま」 p.99より引用)

"仲よくなる"よりも"絆を結ぶ"という方が、文脈的にしっくりきます。
そして、"バラとの約束"ってなんだったっけ?と疑問に感じていた部分には、"約束"の文字はありませんでした。

「人間たちは、こういう真理を忘れてしまった」キツネは言った。「でも、きみは忘れちゃいけない。きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある……」
(新潮文庫版 河野万里子訳「星の王子さま」 p.109より引用)


調子に乗って、"Le Petit Prince"の日本語版の誤訳についてまとめた"憂い顔の『星の王子さま』"(左)も読んでみました。
かなり攻撃的(挑戦的)な書籍ですが、著者 加藤晴久氏のフランス語と"Le Petit Prince"に対する深い愛情が感じられるとともに、"星の王子さま"の原文のイメージを理解するにはとても役に立つ本だと思います。

加藤氏の見解によると、河野万里子氏の訳は、内藤濯氏のものよりも原文にかなり正確なようです。# "飼いならす"に関しては、"なつく"よりもニュアンスが伝わっているそうですが。
が、共に重要なシーンで誤訳をしてしまっている箇所もあるようです。

僕は水を飲んだ。ようやく息がらくになった。夜明けを迎えると、砂は蜜の色に染まる。その色もまた、僕を満ちたりた気持ちにしてくれた。どうしてあんなにあれこれ苦労する必要があっただろう……
(新潮文庫版 河野万里子訳「星の王子さま」 p.122より引用)

上の引用部の最後の文は、本来は "なのにどうして、悲しみもまた感じたのだろう……"というような訳であるべきだそうです。10数冊の新訳本の中でも、この部分を正しく伝えているものは少ないようですね。
その後の展開を考えると、ダイナミックな転換点を示すキーセンテンスだったのに、それが間違っているというのはとても残念なことです。

もっとも、(誤訳や不適切な訳が多い)岩波書店版であっても、読み手は全体を通して"星の王子さま"の主要なメッセージを受け取ることができると思います。# 不必要な疑問に悩まされる部分も否めませんけどね。

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「たいせつなことは、目では見えない……」
「そうだね……」
「花のことに似てるな。どこかの星に咲いてる一輪の花を愛していたら、夜空を見あげるのは、心のなごむことだよ。星という星ぜんぶに、花が咲いてるように見える」
「そうだね……」
「水のこととも似てる。きみがぼくに飲ませてくれた水は、音楽みたいだった。滑車が歌って、綱がきしんで……ほら、思い出すでしょ……心にもおいしい水だった」

(新潮文庫版 河野万里子訳「星の王子さま」 p.131より引用)

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そして、王子さまは地球に姿を見せたのと同じこの場所で消えた。

今では少し、悲しみはやわらいだ。つまり……消えたわけではないということだ。でも僕は、王子さまが自分の星に帰っていったことを、ちゃんと知っている。あのあくる朝、夜が明けてみると、王子さまのからだはどこにもなかったのだから。あまり重いからだではなかったし……そうして僕は、夜、星々の笑い声に耳をすますのが、好きになった。ほんとうに、五億もの鈴が、鳴り響いているようだ……
(新潮文庫版 河野万里子訳「星の王子さま」 p.141より引用)

ここがその場所だとわかるようにと、二度も描かれた上の絵には私たちへの強いメッセージを感じます。アフリカの砂漠と書かれてはいますが、これで特定できる場所なんてあるでしょうか?
いや、"心で見れば"、きっと見つかるはずなのです。
テグジュペリは、どんな場所であっても、"ここがそうだ"と思えるように、こんな普遍的な情景を描いたに違いありません。

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そう、こんな場所であっても良いはずだと思うわけです。

そして、私は夜空を見上げて、星が、私の王子さまが、鈴のように笑っていると感じることができるのです。

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posted by Tosh at 23:59| Comment(2) | 雑記帳
この記事へのコメント
私は黄色い小さなヘビが好きです
フランスなどのヨーロッパの物語にはよくこんな役割のキャラクターが登場しますね
好きこのんで忌避されるキャラクターに親近感を感じるのはなんででしょうね

キツネが「あんたがいなくなっちゃうと僕は悲しくなっちゃうと思うんだ」とか、いいセリフだなぁ 
その反面、黄色い小さなヘビに親近感持ってて
Posted by ruby at 2013年01月20日 10:23
rubyさん、
うーん、いつもながらヒネリの効いたコメントをありがとうございます。rubyさんらしいなぁと、クスッと笑ってしまいました(^_^)。

ご存知かもしれませんが、本文でも触れた1970年代の映画では、かのボブ・フォッシーがヘビの役で、見事な?スネークダンスを披露しています。マイケル・ジャクソンが影響を受けたっていう話ですね。
Posted by Tosh at 2013年01月20日 22:26
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