最初に断っておきますが、つまらない記事ばかりの拙ブログの中でも、今回のは特別に面白くないと思います。具体的な議論を始めるにあたっての基礎になる情報をまとめてあるだけなものですから。
その代わり、埋め合わせとして、ゆのんさんからいただいた先週末の雪遊びの楽しそうな写真を挿絵にさせていただきますね!
ネット上では、"ノーリードは飼い主失格"、"ノーリードは撲滅すべき"といった意見が大量に見受けられます。その理由としてよく挙げられているのは、以下の3点のように思います。
a. 違法である(条例違反、ルール違反...)
b. マナー違反である(犬嫌いの方に配慮すべき...)
c. 飼い犬の生命を危険にさらすため
私も b.と c.については大きく異論を差し挟むつもりはないのですが、a.の違法性に関してはかなり憂慮すべき状況になっていると感じています。
"ノーリード"という言葉自体からして明確な定義がないと思いますし、私は、感情論や"こう思う"といった不毛な水掛け論をしたいわけではありません。
きちんとした議論のために、まず拠り所をはっきりさせておきましょう。
日本はドイツのように憲法で動物に関することを謳ってはいませんので、我が国において動物をどう扱うべきかの最重要な文書は法律になるはずです。"動物愛護管理法"と略される"動物の愛護及び管理に関する法律"。
この法律は昨年改正されて今年9月から改正版が施行されるわけですが、この一連の議論は、原則として今(2013年2月に)施行されている法令等をベースにおこないます。
ではまず、"動物の愛護及び管理に関する法律"の中で、(動物取扱業を営んでいるわけでも、特定動物を飼っているわけでもない)一般の犬の飼い主に直接関係しそうな部分を抜粋してみます。
実はほんの少ししかありません。
(目的)
第一条 この法律は、動物の虐待の防止、動物の適正な取扱いその他動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止することを目的とする。
(基本原則)
第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
(基本指針)
第五条 環境大臣は、動物の愛護及び管理に関する施策を総合的に推進するための基本的な指針(以下「基本指針」という。)を定めなければならない。
<第2項〜第4項を省略>
(動物愛護管理推進計画)
第六条 都道府県は、基本指針に即して、当該都道府県の区域における動物の愛護及び管理に関する施策を推進するための計画(以下「動物愛護管理推進計画」という。)を定めなければならない。
<第2項〜第5項を省略>
(動物の所有者又は占有者の責務等)
第七条 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。
2 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。
3 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。
4 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。
(地方公共団体の措置)
第九条 地方公共団体は、動物の健康及び安全を保持するとともに、動物が人に迷惑を及ぼすことのないようにするため、条例で定めるところにより、動物の飼養及び保管について、動物の所有者又は占有者に対する指導その他の必要な措置を講ずることができる。
(犬及びねこの繁殖制限)
第三十七条 犬又はねこの所有者は、これらの動物がみだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合には、その繁殖を防止するため、生殖を不能にする手術その他の措置をするように努めなければならない。
<第2項を省略>
"動物の愛護及び管理に関する法律"に基づき、今回の議論で拠り所とする文書をまとめてみると、上図の5種類になるかと思います。
a. 動物の愛護及び管理に関する法律 (昭和48年10月1日 法律第105号)
もちろん国が定めたものです。施行規則等が存在しますが、それらを含めて便宜上"法律"と呼ぶことにします。
b. 動物の愛護及び管理に関する施策を総合的に推進するための基本的な指針 (平成18年10月31日 環境省告示第140号)
"法律"第5条を受けた環境省告示です。法的拘束力のないガイドラインと考えるのが妥当だと思われます。簡略化のために"基本指針"と呼ぶことにします。
c. 家庭動物等の飼養及び保管に関する基準 (平成14年5月28日 環境省告示第37号)
"法律"第7条4項を受けた環境省告示です。"よるべき基準"(慣用的な用語で、合理的な理由がない限り従わなければいけない基準:準則)という用語で定義されていますので、一定の法的拘束力を持つ法令等として扱うべきかと思います。
が、罰則規定のない努力義務となっています。実効力を持つために後述の"条例"等に反映されることを想定しているようにも思えるのですが、あくまでも動物の所有者等に対する基準として示されています。"法律"第7条4項で規定された基準は複数あるのですが、一般的な飼い主に関する標題の文書のみを簡略化のために"基準"と呼ぶことにします。
d. 動物愛護管理推進計画 [兵庫県に関しては 平成20年3月策定のもの]
"法律"第6条を受けた都道府県ごとの文書です。法的拘束力のないガイドラインと考えるのが妥当だと思われます。簡略化のために"推進計画"と呼ぶことにします。
e. 動物の愛護及び管理に関する条例 [兵庫県に関しては (平成5年3月29日 兵庫県条例第8号)]
"法律"第9条を受けた地方公共団体ごとの法的拘束力を持つ文書です。施行規則等が存在する場合がありますが、それらを含めて"条例"と呼ぶことにします。
多くの都道府県には"動物の愛護及び管理に関する条例"という名称の"条例"が存在していますが、それが無い都道府県もあります。
例えば、石川県。現時点では"犬の危害防止条例"があるだけで、動物(全般)の愛護部分には触れていないようです。千葉県も"千葉県犬取締条例"があるだけですが、千葉市等には"動物の愛護及び管理に関する条例"が存在します。
環境省のこのページには主な地方公共団体の"条例"制定状況がまとめられています。が、(このリスト以外にも)政令指定都市や中核都市以外で"動物の愛護及び管理に関する条例"を定めている市があったり、別の条例で犬の飼養や管理を規定していたりもしますので、"条例"に関してはそれぞれの方が住む地域に固有の判断が必要になると考えられます。
なお、私が住んでいるのは兵庫県ですので、"推進計画"と"条例"については、主に兵庫県のものについて言及していくことになります。
このページから兵庫県の"推進計画"をダウンロードすれば、"参考資料"として、"法律"、"基本指針"とともに兵庫県の"条例"も掲載されています。"基準"については国(環境省)が用意したこのページに広義の法令等が集められているので参照ください。
拠り所となる法令等は明示しました。
が、正確な議論を進めるためには、もう一つしておかなければいけないことがあります。言葉(用語)の使い方を明確にすることです。
法的な文書には、専門用語とともに慣習的に(一般的な使い方と少し異なる)意味が与えられてきた単語や言い回しというものも存在します。これをここでは荒っぽく"法律用語"と呼ぶことにします。また、その法的な文書中で意味を明確にするために用語を定義するということもおこなわれます。
法令等に出てくる用語を解釈するルールは、定義がなされていれば(その文書中では)それに従う、"法律用語"であればその意味と捉える、それ以外は日本語として一般的に使われている意味と解釈すべきです。これを守らなければ恣意的な解釈ばかりが横行し、法の実効性が損なわれることは明白でしょう。
また、その法令等の"目的"や"原則"といった主旨を理解して、各条文の意味を論理的に理解する姿勢も重要かと思います。
なお、私は法律の専門家ではありません。仕事の上で法的な文書に触れる機会が多いので、少しは法令等の読み方を知っている程度です。
もしも明らかに間違っている点がありましたら、ぜひご教示いただきたく思います。私は、(個人のブログであっても)誤った情報の記載が続くことは好ましくないと考えていますので、きちんと訂正させていただきます。
では、言葉(用語)の使い方を整理してみます。
私が最も気にしているのは"オフリード"の適法性ですが、一般には"ノーリード"という言葉がまかり通っていますので、そこから始めましょう。
"ノーリード"は和製英語でしょうね。英語の"No Lead"の伝えるニュアンスは、"リードの使用に反対する"とか"リードは(一切)使わない"といったものだと思いますが、熟語として定着したものではないと思います。
日本で"ノーリード"というと、散歩時等に一時的に犬をリードから放すという意味で使われていることが多いようですが、本来これを表す英語は"Off Lead"あるいは"Off Leash"です。
更に、自宅周辺で"放し飼い"にされている状態も"ノーリード"と捉えられているようで、議論の混乱を招いていると思われます。
なお、私が調べた限りでは、法令等で"ノーリード"という言葉が使われているものはありませんでした。兵庫県の"推進計画"にも使われていない言葉ですが、一部の都道府県の"推進計画"には記述がみられるものもあります。
したがって、きちんとした定義がなされないままで(2種類の概念が混乱した)"ノーリード"という言葉を安易に使うことは避けるべきだと考えます。
実は問題を一番ややこしくしているのは、犬や猫に関する"放し飼い"という言葉かもしれません。
公園などで"犬の放し飼いは禁止します"といった看板を初めて目にした時、何か違和感を覚えたことはありませんでしょうか?
"放し飼い"という日本語は、一般的には"(恒常的に)動物を一定の広さの範囲に放して飼うこと"として認識されているはずです。辞書を引いてもそういった意味しか出てきません。犬の"ノーリード"問題と絡めた時以外に、"放し飼い"という言葉を"一時的に放すこと"の意味で使う例を、私は寡聞にして知らないのです。
では、拠り所とする法令等ではどうなっているかを見てみましょう。
"法律"と"基本方針"には"放し飼い"という用語は出てきません。後で述べる多くの"条例"に見られるいわゆる"けい留義務"についても触れられてはいません。"基準"の第4-1だけに下記の記述があります。
犬の所有者等は、さく等で囲まれた自己の所有地、屋内その他の人の生命、身体及び財産に危害を加え、並びに人に迷惑を及ぼすことのない場所において飼養及び保管する場合を除き、犬の放し飼いを行わないこと。
特に定義もなされていませんから、一般的に日本語として使われている意味と異なる解釈をすべき理由はありません。つまり、国の文書の中では"放し飼い"という言葉に"一時的に放すこと"を含めているとは考えられません。
兵庫県の"条例"にも"放し飼い"という言葉は出てきません。が、"推進計画"の方では4カ所でこの言葉が使われています。部分的に抜粋して紹介します。
"犬やねこの放し飼いや犬の散歩時の..."
"ねこに関しては放し飼いが多数を占めていることから..."
"放し飼いのねこの糞尿を原因として..."
"飼い犬のけい留指導を強化するとともに、指導に従わず放し飼いにしている犬の収容を..."
最期の文は"けい留"の捉え方を間違えると、"一時的に放すこと"も含むと主張する方もいらっしゃるかもしれませんが、それ以外の文を論理的に読む限り、"一時的に放すこと"は含まないと明確化されていると考えるのが妥当でしょう。
なお、私の調べた範囲では、"動物愛護管理法"以外の法令等でも"放し飼い"を"一時的に放すこと"の意味で使っているものは見つかりませんでした。逆に、"一時的に放すこと"について自然公園法(施行規則を含む)等では、"動物を放つ"、"犬を放つ"という表現が使われています。
どこかで見かけたことのある"散歩中の放し飼い"といった言葉は、国や兵庫県の公式見解を見る限り、矛盾に満ちた不適当なものと言うべきでしょう。
いわゆる"けい留義務"についても注意が必要です。
"係留"、"繋留"とも書かれますが、この言葉も日本人であれば、ほとんどの方が"固定された物、地面等に繋ぎ留める"ことだと認識しているはずです。"右手で繋留していた犬を放す"といった使い方はあり得ないというのが常識でしょう。
よく知られているように、多くの地方公共団体の条例には、"犬はけい留しておくこと"といった条文があり、これを一般的に"けい留義務"と呼ぶようです。ただし、条例によっては"けい留"を通常の日本語とは異なる意味を与えて定義しており、混乱を招きかねない状況にあります。
一方、"放し飼い"のところでも触れたように、"法律"と"基本方針"には"けい留義務"は書かれていません。"けい留"について記述されているのは、"基準"の第4-2の下記の一文だけです。
犬の所有者等は、犬をけい留する場合には、けい留されている犬の行動範囲が道路又は通路に接しないように留意すること。
なぜ、"法律"には定められていない"けい留義務"が、下位の法である"条例"の多くに記載されているのか? さらに、"条例"によっては不自然な定義までなされているのか? このいびつさに、"ノーリード"問題の混沌を読み解く鍵が隠されていると私は考えています。
その鍵というのは非常にシンプルなもの。法令等の制定時期です。
環境省のこのページには興味深い資料が集まっていますが、"資料4 動物の愛護管理の歴史的変遷"を参照いただければ幸いです。
"動物の愛護及び管理に関する法律"の前身である"動物の保護及び管理に関する法律"は、1973年に制定されています。これは、国際的な要請(圧力?)を受けて、急ごしらえで作られたとも言われるようですが、"動物愛護"の思想が盛り込まれた最初の法令等と考えられます。
一方、上記の"資料4"中の"動物の愛護管理に関する主要事項の年表"によれば、1939年には既に"東京都が畜犬の係留義務規制を都令で公布"したとされ、1957年には("けい留義務"の盛り込まれた)"飼い犬取締条例"が東京都で制定されていたようです。
日本における犬の狂犬病発症記録は1956年が最後ですので、上記の条例が制定された時期は、狂犬病撲滅の戦いの最中であったと言えるでしょう。またその頃は、(例外的な"お座敷犬"を除けば)犬は屋外で飼うのが当たり前でしたから、"放し飼い"による狂犬病の蔓延防止を含む公衆衛生的な見地からは、それまでは家の周りで放し飼いが多く見られた犬に対して、"けい留"を義務づけるのは妥当な判断だったのかもしれません。
ところが、時が流れて2002年に"基準"が告示される頃には、日本における室内飼いの比率も高まっていて、"けい留"を解決法とするのではなく、"さく等で囲まれた自己の所有地、屋内その他の人の生命、身体及び財産に危害を加え、並びに人に迷惑を及ぼすことのない場所"で飼えば良い、それ以外の場所での"放し飼い"を禁止すれば十分だという判断に至るのは自然な流れだったのでしょう。
さらに言えば、1989年にはユネスコによって"世界動物権宣言"が発表され、1993年には世界獣医学協会が"5つの自由"を含む動物福祉の指針を示すなど、国際的な潮流を考慮した可能性も大きいと想像されます("基本指針"の冒頭部、"動物の愛護及び管理の基本的考え方"には、"世界動物権宣言"の影響が色濃く見られます)。ヨーロッパ諸国において"けい留"は、"正常な行動を表現する自由"を奪う虐待とみなされるといった情報も多く入ってくるようになっていたわけですから。
こういった国の法令等の変化に対して、各地方自治体は何も対応してこなかったのでしょうか?
いやそうではなさそうです。"動物愛護"の概念がなかった頃に作られた"けい留義務"の条文に(付け焼刃的な)手を加えることによって、何とか体裁を繕ってきたということのようです。
その小手先の手法の主なものは、情勢に合わせて"けい留義務"の例外規定を増やしていくというものでした。また、"囲いの中で飼う"ことも"けい留"であると、通常の日本語から逸脱した定義をおこなっている"条例"も少なくありません。
"けい留義務"を廃止して、"放し飼いの禁止"を謳うといった抜本的な対応をしなかった(できなかった?)ことのツケは大きいと言わざるをえません。
用語の使い方(あるいは日本語自体)が乱れ、"(恒常的に)放し飼いをする"のと"一時的にリード等から放す"という異なる二つの事象を一括りにして"ノーリード"と呼ぶ結果を招き、問題の本質が見えにくくなってしまいました。
かなり回り道をした恰好ですが、もともとの私の目的は、"オフリード"の違法性を検証することです。
日本は法治国家なわけですから、"条例"がいかにいびつな形になっていようが、施行されている法令等に従わなければいけないのは当然です。
ただし、法令等の意味するところは、世間で何となく言われている通説に流されず、きちんと読む必要があると考えて、本記事をまとめました。
先に述べたように、いわゆる"ノーリード"は二つの異なる事象を混ぜこぜにしている概念ですので、以降の記事では"放し飼い"と"オフリード"に分けて、法令等との関係を探ってみることにします。
衝撃を受けます。
ブログにしておくのがもったいない。