2013年04月16日

共生を目指すために

"ナットの宿題"の記事を書いた約一週間後に、災害時のペットの同行避難に関する新しい動きがありました。新聞報道はこんな形ですが、具体的にはこのページ(審議会)の資料6のことを指しています。

議事録はまだ公開されていないのでどのような議論がなされたか現時点ではわからないのですが、国が "災害発生時は、原則として飼い主とペットは同行避難を行う"とガイドラインで明記することは大きな前進と言えるでしょう。
が、この発表に関しては、自治体の反応をネガティブに報じているものもありますね。

PDFファイルを見ればわかるとおり、まだ概要が発表されただけの状態のようですので、"災害に備えた平常時の対策"が実効力を持ち得るかは不明です。"飼い主による備え"についても "ペット用の避難用品を準備"と "必要なしつけを行う"ということが書かれているだけですので。

気になるのは "同行避難の推進"の部分に、"日頃から飼い主に対して同行避難やペットの災害対策の必要性について普及啓発を行う"と書かれている点です。
先の記事でも触れましたが、同行避難をおこなった際に問題となるのは"動物が苦手な人"の感情だと私は考えています。飼い主側のしつけ等は当然だとしても、それに加えて"動物の苦手な人"を減らす対策を打ち出さない限り、トラブルを低減することは困難だと思うのです。

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"犬に関する法令等"以降の雑記帳カテゴリの記事群で少し触れてもきましたが、既にあるガイドラインの中にも、私が求める方向性は打ち出されています。

"法律"(動物の愛護及び管理に関する法律)の第一条(目的)と第二条(基本原則)をより具体的に肉付けして提示されたガイドラインである"基本指針"の冒頭の部分を引用してみます。

第1 動物の愛護及び管理の基本的考え方
(動物の愛護)

動物の愛護の基本は、人においてその命が大切なように、動物の命についてもその尊厳を守るということにある。動物の愛護とは、動物をみだりに殺し、傷つけ又は苦しめることのないよう取り扱うことや、その習性を考慮して適正に取り扱うようにすることのみにとどまるものではない。人と動物とは生命的に連続した存在であるとする科学的な知見や生きとし生けるものを大切にする心を踏まえ、動物の命に対して感謝及び畏敬の念を抱くとともに、この気持ちを命あるものである動物の取扱いに反映させることが欠かせないものである。
人は、他の生物を利用し、その命を犠牲にしなければ生きていけない存在である。このため、動物の利用又は殺処分を疎んずるのではなく、自然の摂理や社会の条理として直視し、厳粛に受け止めることが現実には必要である。しかし、人を動物に対する圧倒的な優位者としてとらえて、動物の命を軽視したり、 動物をみだりに利用したりすることは誤りである。命あるものである動物に対してやさしい眼差しを向けることができるような態度なくして、社会における生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養を図ることは困難である。


この箇所を初めて読んだ時、私は涙が出そうになりました。日本の動物愛護の精神も決して捨てた物ではなさそうだと感じたからです。
が、全体を読んでみると、"愛護"よりも"管理"の方に重点がおかれている印象が拭い去れないのも事実です。

"普及啓発"に関する部分では、"特に子どもが心豊かに育つ上で、近年、動物との触れ合いや家庭動物等の適正な飼養の経験が重要であることが指摘されてきている"といった積極的な記述もあるのですが、"災害時対策"は通り一遍のことしか書かれていないように思えます。
もっとも、上述の中央環境審議会動物愛護部会では今まさに 5年毎の見直しがなされている最中のようですので、新しい版に期待したいところです。

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私がいくつかの都道府県の"推進計画"を読んだ限りでは、国のこの"基本指針"の焼き直しレベルの(むしろ劣化していると感じる)ものが多かったのですが、幸いなことに兵庫県の"推進計画"はもう一歩踏み出してくれています。

"推進計画"の意義(目的)は、序文でこのように書かれています。

はじめに
~ 人と動物が調和し、共生する社会づくりを目指して ~

都市化の進展や核家族化、社会の少子高齢化への流れを背景として、心の癒しや教育の観点からペット動物の飼養志向が広がってきており、人の生活におけるペット動物の重要性が高まっています。その一方で、動物の虐待、遺棄、飼養の途中放棄などが後をたたず、動物を「命あるもの」としてではなく、玩具のような「物」としか理解されていないような状況があります。このような生命尊重意識の低迷は、単に動物虐待に止まらず、児童虐待、凶悪犯罪などの兆候になっているとも言われており、動物愛護思想の高揚は、人を含めた動物に対する生命尊重意識の高揚として県が取り組むべき重要課題となっています。
また、動物飼養に関連した問題も多く、特に不適切な餌付けや多頭飼育等に起因する犬やねこによる人への侵害、迷惑が発生し、行政として適切な対策を求められており、大きな県民ニーズとなっています。これらの問題は、動物に対する嫌悪感を増長させるものであり、人と動物の係わりから見た場合、人と動物の共生を阻害する要因ともなっていることから、動物の飼い主に対する指導等の対策強化が必要となっています。
反面、平成15年に内閣府が行った「動物愛護に関する世論調査」によると、全国の3分の1の家庭で何らかのペット動物が飼養されており、単に愛玩動物としてではなく家族の一員として飼養されるようになってきています。さらに、盲導犬や介助犬、聴導犬などのように身体障害者の自立や社会参加への補助、発達遅延や障害者の機能回復に動物を介在した治療が行われているなど、動物が人間社会に及ぼす役割が増大しています。このような状況は、人と動物の係わりから見た場合、人と動物の共生を推進する要因でもあり、動物が地域社会に受け入れられるためにも、飼養動物に係わる人の知識に基づいた責任ある判断が求められます。その上で、動物の人間社会への積極的な参加が必要となっています。


「人と動物が調和し、共生する社会づくり」を目指すにあたって、阻害要因と推進要因を分析して、"動物の人間社会への積極的な参加が必要"だと書かれているものは、私がチェックした限りでは兵庫県のものしかありません。

"放し飼いは違法?"の記事で、兵庫県の"条例"では、県民の責務に "自ら進んで"という言葉を盛り込んであることを紹介しましたが、"推進計画"の方では更に突っ込んだ"役割"が明記してあります。

一般県民の役割
県民自らが進んで動物愛護思想の高揚と動物の適正飼養に努めるとともに、県が実施する施策に協力する必要があります。また、動物の習性、生理、生態を理解することによって、自然な動物の行動を許容し、社会に受け入れるように努める必要があります。


"動物嫌いの人"から反発が出ないかと心配になるようなことまで書かれていることに、私は大いに勇気づけられます。
"動物は社会を構成する重要なメンバである"という思いの一端を、行政が認め、推進しようとしてくれているわけですから。

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"基本指針"や兵庫県の"推進計画"を読む限り、"ドッグランに犬を隔離する"ようなことは、「人と動物が調和し、共生する社会づくり」に逆行するものだと感じざるをえません。

少なくとも兵庫県は、動物の社会進出を後押しするガイドラインを提示してくれているわけですから、私たち犬の飼い主は、もっと積極的に犬を社会に受け入れてもらう努力を自らがすべきなんだろうと思います。
"犬嫌いの人"に気を遣って萎縮し肩身の狭い境遇を受け入れるのではなく、多少の軋轢は覚悟した上で"犬嫌いの人"を減らす活動をしたいものです。

私の知人の中には、ドクタードッグ等の動物介在活動、小学校に出向いて動物介在教育をなさっている方がたくさんいらっしゃいます。
実のところ、エラそうな記事を書いてはいても、私はそういった活動を今までしてきませんでした。
が、そろそろ何か自分にできることを見つけるべきだと感じているのです。
posted by Tosh at 23:59| Comment(0) | 雑記帳
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