昨夜 7時頃に帰宅すると外気温は 5℃台。久しぶりにまずストーブを焚いてから、フリースを羽織って散歩に出かけました。

そんな中で会った元気一杯のボーボー君。ファルもハジケてましたよ。

さて、ファルコ地方でもサクラの盛期を迎えました。
例年ならこの時期に花冷えがあると、花が長く楽しめると喜ぶところなのですが... 今年はちょっと様子が変です。
ウチの近所では、見事に満開と言えるソメイヨシノがとても少ないのです。三分咲きくらいで止まっているようにも見えるのですが、実はもう蕾はなくて葉が開きかけています。


真ん中のモクレンはたくさん咲いてくれたのに、左奥にあるサクラは、ところどころにピンク色が見られるだけ。一分咲きにも満たない花の量です。

左側のギンヨウアカシア(ミモザ)の花が盛りを過ぎ、右手前のカツラや右奥のヤナギが生命力に溢れて若葉を拡げているというのに、真ん中に白い点がちょっとだけ写っているのがサクラなんです...
麓の街から美しいサクラの開花が上がってきたのに、ウチの少し手前で止まってしまったかのような感じ。この地に住むようになってから、こんなに花が少なかったことはありません。
ひと月ほど前、サクラの花芽を二羽のウソ(姿も鳴声もかわいらしい鳥です)がついばんでいるのを目撃しました。が、そんなに大挙してやって来ていたようには思えないので、おそらくは、12月の異常な寒さがサクラの花の成長を阻害したというのが合理的な解釈なのでしょうね。

2年前の今日、私はナットの存在を知りました。そして、1年前の今日はナットがリンパ腫である可能性が高いと診断された日です。
ナットがやってきた日はサクラがちょうど満開になった頃でした。がんの確定診断がくだされたのも同じように花の盛りを迎えた時です。
他のどの季節より、ナットは満開のサクラと結びつけて感じてしまいます。
去年、こんな記事を書いてしまったから、そして、その願いは叶わなかったから、今年は咲き乱れるサクラの季節を迎えた時にどんな気持ちになるだろうと、ずっと密かに怖れてきました。
満開のサクラ、そして花吹雪やピンクの絨毯を見た後で、どんな記事が書けるというのだろうという懸念は肩すかしにあった格好です。
一ヶ月くらい前にテレビで見て心を動かされた楽曲があります。その曲名を借りて、"みだれ桜"という記事タイトルが頭の片隅にあったのですが、ウチの周りはその歌詞に合うような状態にはなりませんでした。
ひょっとしたら、その曲の少し暗いトーンをナットは好まなかったのかもしれません。一緒に歌った(?)この曲の方が良いと私に伝えたかったのかな?という気がして仕方がないのです。
とーちゃんはもう大丈夫だから、そんなに気を回さなくていいよ。ナット。
ウチの近所にもサクラを楽しみにしている人は大勢いるんだから、来年からは普通に咲き乱れる花を見せてね!

"愛は流されはしない"と。
こちらはソメイヨシノはすっかり葉桜になり八重桜の季節ですが
桜の季節は、私にとっても又新たに特別な季節になりました。
私も今年は開花前からひしひしとリリィを思い出さずにはいられません。
そしてそれは日に日に強まりつつあります。
去年の今頃カートにのせて1度だけ散り間際になった、そしてリリィと一緒の最後の桜を見ることができました。
あと1週間でリリィが逝って丸1年、1年前のことが目の前のことのようにフラッシュバックしてきて悲しみや亡くしたショックが時間がたってもあまり和らいでいないことを、むしろ深くなっていることを感じています。
ナット君は8ヶ月もの間の闘病生活、春から冬までさまざまなシーンで思い出されることでしょうね。
でも、ファル君の明るさに救われますね!
私にお別れを言ってくれたのが、一年前の昨日でしたね...
もう一年になるんだという想いと、まだ一年なのかという気持ちを混ぜこぜに感じてしまいます。
リリィちゃんは本当にラブラドールの女の子って感じの良い子でしたよね。
# もちろん、ナットも良い子だったけど!
巡る季節の中で、もう会えなくなった大切な相手を鮮明に思い出す時、四季のある日本に住んでいて良かったと感じることがあります。
時は流れても、変わらない、変えたくない想いを大事にしたいものですね。