2013年12月01日

AND I LOVE YOU

今朝は5時頃に目が覚めました。
外を見るとごく薄い月が山の端から上ってきています。月齢を調べると27.6。明日には糸のように細くなり、12/4以降にまた新たに姿を現すでしょう。

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"満つれば欠くる"といった言葉があるように、昔の人は月が欠けていく姿に栄枯盛衰のマイナス側を感じたのでしょうか。しかしなぜ欠けていくのかをどう捉えていたのかは気になります。新月の前後には薄く光る月の横にぼんやりと丸い形が見えることを、現代人よりも"眼"が良かったかもしれない古代の人達が見逃したとは思えないのです。

もちろん月の公転や地球照のことは知らなかったはずですが、決して"つごもりには月が無くなる"と考えていたわけではないように思います。
"見えなくなるだけであって存在はしている"という認識は、仏教の影響もある昔の日本人には今よりもずっと自然に感じられたかもしれません。ひょっとしたら、空不異色とか空即是色を実感できたのかもしれないなんていう戯れ言をぼんやりと考えている間に空が明るくなってきました。

ちょうど一年前と同じように、7時頃には陽が昇り始めます。暖かい光に包まれる頃になって、私はこのブログのデザインを少しだけ変更しました。
陽の光に隠されて、月の姿はもう見えません。が、そこに在ることは確かです。明るい月夜とは逆に、我々自身(地球)が月を照らしているというのも素敵な事実。やはり、たいせつなものは目に見えないのかもしれませんね。

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小学生の頃、私は夏休みの宿題をぎりぎりまで消化しない方の子どもでした。サボっていた自分が悪いくせに、その頃から変に完全主義の傾向があった私は、ぎりぎりになって慌てて仕上げた満足いかない作品を休み明けに提出するのが嫌でしょうがなかった記憶もあります。
歳をとってもそのダメな性格は直っていないようです。

"ナットの宿題"の中で、"大災害等が起こった際に、当たり前のように犬達と一緒に避難生活できる社会"を作りたいと思っていることを書きました。
が、この目標は漠然としていて、そのままでは自分が何を為すべきかということに直結していません。私はまたもや宿題を仕上げないままに時を過ごしてしまったようです。
実のところ、今日の時点でもまだ明確になっていないことだらけで、とても"提出"できる状態じゃないのですが、"行動"を後回しにしてきた私自身への自戒も込めて、今考えていることを書き記しておきたいと思います。

先の記事で、国が"災害時の同行避難"について旗を振ってくれたとしても、それが本当に問題なくできるためには、犬を取り巻く社会を変えておかなければならないと考えていることにも触れました。
1. 犬側の問題として、他犬や家族以外の人間と仲良くできること
2. 人側の問題として、犬が居ることに抵抗感のある人を減らすこと

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1.に関連すると思われることで、以前からこんなふうな世の中にしたいと思ってきたことは、"(特に幼体の)生体展示販売を減らす"ということでした。

日本人にはどうも周りに流される方が多いようで、テレビのCMである犬種が取り上げられると、あっという間に流行したりする。しかし、いわゆるペットショップに仔犬がいなければ、"あ、あの犬だ!"といった衝動買いはかなり抑えることができると思います。また、自分のライフスタイルに合った犬を選ぶといった冷静な行動を促しやすくもなるでしょう。
もちろん、それと同時に、幼齢で親から引き離され、水槽のような見世物箱で刺激に晒し続けられ、社会化の機会を奪われることもなくなり、ひいては悪質なパピーミルを撲滅していくことにも繋がるはずです。

以前にも書いたことがあるかもしれませんが、ペットショップから迎えられた犬であっても、とても性格が良い子がいることは実際に経験して知っています。が、それ以上に、社会化不足&飼い主の意識の低さによって見ていてイヤになるような流行犬と飼い主が多いのも事実でしょう。

まじめなシリアスブリーダーさんは、それだけでは食っていけないのは日本に限ったことではないそうです。ましてや日本ではそうかもしれません。行き過ぎた純血種繁殖にも問題はありますが、ショーで勝つことだけを考えているのではない、トータルに犬種の将来を考えている犬舎が評価されるような世の中になることを目指したいものです。

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2.に関連することで従来から考えてきたのは、"オフリードが許容される社会にしたい(戻したい)"ということでした。

おかしな繁殖をされたり、まともな愛情をかけずに"モノ"として幼い状態で流通させられたり... そういったことがなければ、ほとんどの犬は人間に危害を及ぼすような生き物ではないはずです。そういった好ましくない遺伝子が淘汰されてきたからこそ"犬"という種族ができたわけですし、その恩恵を蒙って"人"は世界を手に入れたのですから。

犬が危険な"獣"ではなく人類のパートナーであることを、一部の愛犬家は当然のように知っています。が、まともな犬と触れ合う機会が少なかった、あるいは間違った接し方をしてしまった方は"犬は怖い"と思い込み、さらに犬を遠ざけることで溝は深まるばかり...
これを解決するには長い時間がかかるのかもしれません。子供たちに犬との接し方を教えるといった地道な取り組みを重ねることは必須でしょう。が、大人になった時に"犬は隔離すべきもの"という常識がまかり通っていたら、その効果も疑わしいものがあります。私は大人にも(大人にこそ)犬が近くにいることを日常的に経験してもらうことが重要じゃないかと考えているのです。

念頭にあるのは、ロンドンの公園で見た犬と人との関係。
きちんと育てられた(と思われる)大人の犬は、こちらがシグナルを出さない限り他人に寄って行くことはしません。他人とすれ違うのと同じ感覚で犬が通り過ぎるのを何とも思わないのは、少し前までの人類の(多くの文化における)常識だったはずです。# 通り魔殺人やノックアウト・ゲームが取りざたされる現代においては、人間どうしの方がずっと危険なはずなのに...

もちろん、いきなりイギリスやドイツのような"市民権"を犬達と飼い主に与えてしまうととんでもない結果が待ち受けていることは火を見るよりも明らかでしょう。
まずは、きちんと育てられた、犬どうしでも人間に対しても問題のない犬だけを選んで、大きな公園等でリードを離せるような場を作るべきだと考えています。これは広大なドッグランを手に入れたいといったことを言っているわけではありません。犬と人とを分離する今の日本のドッグランとは、むしろ正反対の方向。つまり、犬がいても人間が普通に利用できる環境でなければ意味はないのです。これを私は勝手に"オフリード公園構想"と呼んでいます。

こういった実験的な場が作れて、きちんと育てられている犬は一緒にいても何ら問題がないということが常識化することが、"棲み分け"ではなく"共生"には必要不可欠だと思うのです。
これを実現するためには様々な課題を解決していかなければいけません。行政の協力(場所の確保や条例の一部変更、広報など)、リードを離せる犬の認定方法、万が一トラブルが起こった時の対処法の確立... 一朝一夕にできることではないことはわかっています。ですが、同じような想いを持つ方々と協力して、少しずつでも実現に近づけるべく行動したいと考えているのです。
"このような団体が同じ方向性で活動している"といった情報をお持ちの方は、ぜひご教示くださいね。

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ありがとうって言えるまで どこかで見ててね
ありがとうって言ってるから どこかで見ててね

(DREAMS COME TRUE 「AND I LOVE YOU」より引用 CD"AND I LOVE YOU"収録)

posted by Tosh at 23:59| Comment(10) | 雑記帳
この記事へのコメント
ファルコ パパさんこんにちは
ご無沙汰しています。本日の記事想いが伝わってきます。
ちょっとはずかしいのですが実は私『ベイブ』という子供向け娯楽映画(イングランドの無口な牧場主と牧羊豚?の話し)がたまらなく好きなんですね。(Team KOKOROの目指しているものはこれだと言っても過言ではありません)
かの国での犬と人との関係 これはもう文化と伝統そのものなんでしょうね。私は実際を目の当たりに出来ていませんので そんな話しをいつかGRTのフィールドでいろいろ聞かせてくださいね。楽しみにしています。
 つないでおかないことが自然な犬と犬飼いとの関係、これはおそらく犬飼いの考え方ひとつです。 どうあるべきかも考え方千差万別 答えがないとしか言いようがないのかもしれません。
 日本を普通に共生していける社会にしていくために 私自身に出来ることは 本当に小さなことなれど 私とアヤツがラブを出来るだけいわゆるラブらしく飼い、社会と共生していける日常生活を普通に築いて我が故郷新潟に溶け込むことなのかなと思います。結局個々の犬飼いが責任を負っているんですね。
 
Posted by こころ父 at 2013年12月02日 12:48
1年早いですね。
出会いの時、一緒に過ごしたあれやこれ、それから別れの時のこと、いつまでも鮮明に思い起こされることとお察しします。
でも、きっと見ていてくれていると思います!
Posted by リリィのかーちゃん at 2013年12月02日 21:35
こころ父さん、
"ベイブ"、Team KOKOROの目指しているものなんて書かれちゃうとスグにでも観たくなって、お返事を書くより先にamazonでポチっちゃいました(笑)。テレビでやっていたのを部分的に見たくらいでボーダーコリーが出てたくらいの記憶しかないもので...

ヨーロッパ諸国の羨ましく思える犬との付き合い方って、実はそれほど歴史があるわけじゃないかもしれませんよ。200年以上前なら日本の方が動物に優しかったかもしれないとも思います。
2世紀の間にあれほど多様な犬種を生み出すという関わりの深さには驚くべきものがありますが、虐待も酷かったとどこかで読んだ覚えがあるのです。
イギリスにせよドイツにせよ、100年余りの間に驚くほど犬との共生を成熟させたんじゃないかと思います。ところが、我が国では同じ期間に、自然に対する畏敬の念とともに犬との関係を失っていったんじゃないかというのが私の認識なんです。

"個々の犬飼いが責任を負って"手本となる、草の根的に共生を実践してみせる...全く同じ想いでいます。
が、それだけだと、("ペット業界の闇"を含めて)不幸な犬(と人間自身も)を生産し続ける仕組みに対抗できないんじゃないかと焦りを感じているのです。
Posted by Tosh at 2013年12月02日 22:34
リリィのかーちゃんさん、
実は、もう一年が経ってしまったのかという思いと、あれはたった一年前のことだったのかという"遠さ"が交錯して、少し戸惑いも感じています。
が、間違いなく言えるのは、一緒に暮らした時間を短過ぎたと感じていることです。おっしゃるように鮮明に覚えている節々の出来事も、たったそれだけしか一緒に経験できなかったのかと今も残念に思えて仕方ありません。
Posted by Tosh at 2013年12月02日 22:57
ファルコパパさんお世話さまです。
コメントのコメントを書いていたら結局長文になってしまいました。
さすがにコメント欄にははばかられ こころ日記に掲載しました。ご一覧あれ。
Posted by こころ父 at 2013年12月05日 21:50
こころ父さん、
返事が遅れてごめんなさい。
ようやく"ベイブ"を観て、貴ブログの方にコメントさせていただきました。
# 思いっきり憚られるほどダラダラした長文ですが... すみません(汗)。
Posted by Tosh at 2013年12月07日 23:23
初めまして 
貴記事に賛同いたします

うちの仔は現在ほぼリードをつけない散歩です
田舎だからこそ かもしれませんが 東京でもできるだけ その姿勢でいます
何故なら この仔を見て欲しい
この仔を見て 犬というのは本来こういう生物なのだ ということを様々な人に知ってほしいからです
時にお叱りを頂くこともあります
犬が嫌いな方にとっては 100メートル離れていて なおかつ 私のそばから離れない状態であっても リードをつけていない=危険 ということなのでしょう
常識外れ というふうに批難される方が多いのですが いつも叱責は甘んじて受けます 
受けますが できる限り 犬とはなにかを お伝えするようにしています(とても難しいことではありますが)
逆効果ではないか?と悩んだ時期もありますが
実際に見ていただくことで理解につながって欲しいと 今は考えています
Posted by タロウの母 at 2013年12月10日 18:29
タロウの母さん、
はじめまして。賛同いただけるとのお言葉、心強く感じております。
体を張って(身を挺して)オフリードの犬を見せ、"本来の犬とは"ということを伝道しておられるとのこと、頭が下がります。

私は、法的には"訓練"でしかリードを離せない地域に住んでいることもあり、そこまで大胆にはオフリードを実践できていません。まず人と出会わない山道や、遠くから人の接近を見分けられる公園等くらいなんです。他人が近づいて来られる時には、まず声符で座らせて、ゆっくりした動作でリードを繋ぎます。このコントロールを見ていただいて、しつけができていれば犬が離れていても問題ないと感じていただけたら嬉しいなと密かに願うくらい。

あまりおおっぴらに"訓練"することで生じるであろうトラブルから身を守るためというのもありますが、もう一つ理由があります。
タロウの母さんも悩まれたという"逆効果"に近いのですが、"問題"を起こして行政が望まぬ方向の施策を取らざるをえなくなるのを避けたいのです。

今年の2月("ベルリンとの違い"の記事)から"雑記帳"カテゴリにオフリードの話題を書き始めたわけですが、実はその前に(殺処分を含む)動物愛護管理行政の最前線にいらっしゃる方に話を伺って(相談をしに行って)きました。その方は、何より現状を憂い、少しでも命を救いたい、動物を正当に社会に受け入れたいと地道な努力を重ねてこられた方だと思われました。
その時点で既に"オフリード公園構想"も持っていましたので、自分の考えている方向をお伝えしたところ、"個人的な意見では"と断りながらも一定の理解を示してくださいました。そしていくつかアドバイスもくださったのです。
"行政は7割の方が賛同する方針であれば動きやすい"という原則の話や、"今の仕組みでは苦情が出たら対応せざるをえない"という残念にも思える現状など... 実際に苦情対応に費やされる時間は膨大なもののようです。

お役人の中には、根っからの"事なかれ主義"の方も多いのかもしれませんが、私が話を伺った方は決してそうではありませんでした。"こうあるべき"という理想を持ちながら、現状に合わせた苦渋の選択を積み重ねざるをえない立場の方もいらっしゃるのだと理解できたのです。
で、私はそういった"心ある"行政の方の力を借りたいし、そういう方につまらない(時に本意ではない)苦情対応をさせたくないと思うようになったのです。

公園などでよく見かける"放し飼いは法律で禁止されています"という看板。もともとはあれは苦肉の策だったのだと思います。
定常的に放して飼養する"放し飼い"は原則として禁止されているというのは間違っていません。公園などで一時的に放して運動させたりするのは法的には"放し飼い"に相当しないのを百も承知で、クレーマーを納得させるために始まったのが、あのおかしな物体なのでしょう。ウソが書かれているわけではありませんから。
が、そういった苦肉の苦情対応が祟って、いつの間にか一時的にリードを放すことも"放し飼い"と見なすのが常識化してしまいます。行政側も"オフリード"と"放し飼い"は異なると正論を言った瞬間に、新たな苦情が出るのがわかっているので、ゴマカシを続けてしまう... なんとも情けない負のスパイラルです。

私としては、そんなつまらない無駄を重ねることで、結局クレームをつけた者勝ちになるのを避けたいので、できるだけ苦情が出ないしたたかな手順を考えたいと思うのです。
Posted by Tosh at 2013年12月11日 00:52
再度お邪魔いたします

仰ること 大変よくわかります
一見してはわからない努力というものがいかに必要なのか
理解しているつもりではおります
オフリード公園構想をもっていらっしゃることから
あらぬ騒動は避けたいのは当然のことですね
私自身 悩みながらの選択でした

ただ うちの仔を見ていただき
色々な方が驚かれる姿に触れる度
犬という生物をわかっていただくには
こうした方法もある と思い至った次第です

犬と人との理想の暮らしを望まれる方たちの
できるだけ迷惑にならないよう
けれど 今のところはこの形で
これからも努力していきたいと思っております

Posted by タロウの母 at 2013年12月11日 09:19
タロウの母さん、
念のためにお伝えさせていただきたいのですが、実践されている方法が大胆過ぎるとか、私の考えていることの迷惑になるなんて思っているわけではありませんよ。ご理解くださいね。
どんな方法が最適解かなんて誰にもわからないと思います。地域の特性や、飼い主や飼い犬の性格などによっても周りを巻き込める方法は異なってくる、つまり局所解を見つけながらやっていくしかないとも思っているんです。

"うちの仔を見ていただき色々な方が驚かれる"という点は重要だと思います。いつの間にか日本の犬達は非日常に追いやられて、知らない人にとっては"どんな行動をするかわからない獣"に成り下がっていますからねぇ...(涙)
カルチャーショックを与えること、ヒール役を演じてでも問題提起をすること... そういうやり方も必要かもしれないと私も悩んでいますから。

いろんな人がそれぞれ努力を重ねて、少しずつでも良い方向に進んでいきたいものですね!
Posted by Tosh at 2013年12月11日 16:01
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